ダイエットなんてできません - 地味系プログラマーとワイルド系SE
第五話 「おもいでピアノ」
都庁に着くと、四人は45階の展望室へエレベーターで上がった。
「東京中が見渡せそう……!」
ガラス越しに広がる景色に、穂花は思わず声を漏らす。
東京スカイツリー、明治神宮、オペラシティ……名だたるランドマークが視界に入る。
南展望室の片隅では、ロングスカートの女性が、備え付けの“おもいでピアノ”を弾いていた。数人がその順番を待っている。
「隆二。大学時代バンドやってたんだろ? 何か弾いてみろよ」
秀樹が軽く背中を押す。
「俺、基本はギターなんだけど……弾ける曲あったわ。やってみるか」
そう言って、隆二は列の後ろに並んだ。
三人はピアノの周辺で、軽く雑談しながら彼の順番を待つ。穂花はなんとなく落ち着かず、視線がたびたび隆二に向かってしまう。
◇◇
そして二十分後。
隆二の番が回ってくると、彼は無言でピアノの前に座り、ゆっくりと鍵盤に指を置いた。
軽快なアメリカンジャズ風のリズムが、展望室に響きはじめる。
穂花には曲名はわからなかったけれど、思わず身体がリズムをとるほど、心地よくてかっこいい曲だった。
演奏を終え、隆二が戻ってくる。
「かっこよかった……今の、なんて曲ですか?」
穂花は胸の高鳴りをおさえながら尋ねる。
「『レディ・マドンナ』。ビートルズの曲。古いけど、今でも人気あるんだ」
「本当は弾き語りするんだけど、ここじゃ無理だから伴奏だけね」
――ギターだけじゃなくて、ピアノまで弾けるなんて。
ますます隆二が遠い人に思えたけれど、それでも穂花の胸の奥には、あたたかい感情が広がっていた。
◇◇
展望台の南側にあるカフェに入った四人は、おもいでピアノが見渡せるテーブル席に腰を下ろした。
ガラス越しには、都心のビル群が、まだ落ちきらない午後の日差しに染まって輝いている。
「穂花、ここのケーキ、ほんっと美味しいのよ」
メニューを開きながら、夏希が言う。
「……」
穂花は一瞬、言葉に詰まった。
――食べたい。でも……また太っちゃう……
メニューの写真に載ったキャラメルケーキは、表面がつやつやで、見るからに美味しそうだった。
「じゃあ、二人はケーキセットね。飲み物は?」
秀樹がさらりとまとめにかかる。
「アイスレモンティーで」
夏希が迷いなく答える。
「……アイスコーヒーで」
穂花も続いた。声は少し小さくなっていた。
――結局、ケーキセット頼んじゃった。
せめてコーヒーは無糖で。ミルクもナシ。少しでも帳尻合わせをしなくちゃ。
店員がケーキセットを運んできた。
思った以上に大きめのキャラメルケーキに、心が躍る。……そして、揺れる。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす」
せっかく来たんだし。今日だけ。……今日だけだから。
フォークでひとくちすくって、口に運ぶ。
ふわっとした甘さが、舌の上でとろけた。
「あっ、やばい……これ、ほんとに美味しい……」
思わず、ぽつりと漏れたひと言に、夏希が満足げに笑った。
「でしょ? ダイエットなんて忘れていいくらいよね」夏希が小声でささやく。
「……ほんと、それ」
穂花は苦笑しながら、もうひとくち、フォークを口に運んだ。
――ダイエットも大事。でも、こういう時間も、きっと同じくらい大事だ。
窓の外には、いつの間にか日が落ちて、ビルの輪郭がネオンに縁取られはじめている。
「東京中が見渡せそう……!」
ガラス越しに広がる景色に、穂花は思わず声を漏らす。
東京スカイツリー、明治神宮、オペラシティ……名だたるランドマークが視界に入る。
南展望室の片隅では、ロングスカートの女性が、備え付けの“おもいでピアノ”を弾いていた。数人がその順番を待っている。
「隆二。大学時代バンドやってたんだろ? 何か弾いてみろよ」
秀樹が軽く背中を押す。
「俺、基本はギターなんだけど……弾ける曲あったわ。やってみるか」
そう言って、隆二は列の後ろに並んだ。
三人はピアノの周辺で、軽く雑談しながら彼の順番を待つ。穂花はなんとなく落ち着かず、視線がたびたび隆二に向かってしまう。
◇◇
そして二十分後。
隆二の番が回ってくると、彼は無言でピアノの前に座り、ゆっくりと鍵盤に指を置いた。
軽快なアメリカンジャズ風のリズムが、展望室に響きはじめる。
穂花には曲名はわからなかったけれど、思わず身体がリズムをとるほど、心地よくてかっこいい曲だった。
演奏を終え、隆二が戻ってくる。
「かっこよかった……今の、なんて曲ですか?」
穂花は胸の高鳴りをおさえながら尋ねる。
「『レディ・マドンナ』。ビートルズの曲。古いけど、今でも人気あるんだ」
「本当は弾き語りするんだけど、ここじゃ無理だから伴奏だけね」
――ギターだけじゃなくて、ピアノまで弾けるなんて。
ますます隆二が遠い人に思えたけれど、それでも穂花の胸の奥には、あたたかい感情が広がっていた。
◇◇
展望台の南側にあるカフェに入った四人は、おもいでピアノが見渡せるテーブル席に腰を下ろした。
ガラス越しには、都心のビル群が、まだ落ちきらない午後の日差しに染まって輝いている。
「穂花、ここのケーキ、ほんっと美味しいのよ」
メニューを開きながら、夏希が言う。
「……」
穂花は一瞬、言葉に詰まった。
――食べたい。でも……また太っちゃう……
メニューの写真に載ったキャラメルケーキは、表面がつやつやで、見るからに美味しそうだった。
「じゃあ、二人はケーキセットね。飲み物は?」
秀樹がさらりとまとめにかかる。
「アイスレモンティーで」
夏希が迷いなく答える。
「……アイスコーヒーで」
穂花も続いた。声は少し小さくなっていた。
――結局、ケーキセット頼んじゃった。
せめてコーヒーは無糖で。ミルクもナシ。少しでも帳尻合わせをしなくちゃ。
店員がケーキセットを運んできた。
思った以上に大きめのキャラメルケーキに、心が躍る。……そして、揺れる。
「じゃあ、いただきます」
「いただきまーす」
せっかく来たんだし。今日だけ。……今日だけだから。
フォークでひとくちすくって、口に運ぶ。
ふわっとした甘さが、舌の上でとろけた。
「あっ、やばい……これ、ほんとに美味しい……」
思わず、ぽつりと漏れたひと言に、夏希が満足げに笑った。
「でしょ? ダイエットなんて忘れていいくらいよね」夏希が小声でささやく。
「……ほんと、それ」
穂花は苦笑しながら、もうひとくち、フォークを口に運んだ。
――ダイエットも大事。でも、こういう時間も、きっと同じくらい大事だ。
窓の外には、いつの間にか日が落ちて、ビルの輪郭がネオンに縁取られはじめている。