ダイエットなんてできません - 地味系プログラマーとワイルド系SE

第二話 「オープンスペース」

 社内のオープンスペース。
 窓際の静かなテーブルに、穂花と隆二はノートPCを開いて向かい合っていた。

「なるほど……この“新規契約”の条件、要するに『直近、指定した月数以内に新規に契約した融資案件だけ抽出したい』ってことか」
 隆二は画面を覗き込みながら言った。

「はい。情報系に来てるのはアクティブな取引データなので、過去の契約日とかの履歴が取れなくて……」
「うん、それは仕方ない。いま連携してるの、あくまで現時点で有効な明細だからね。新規かどうか判断するには、ヒストリカルデータと突き合わせが必要だな」

 隆二は指で空中に構成図を描くようにしながら、穂花の視線に応える。

「顧客管理システムに契約履歴があるはず。それも情報系に連携されてたよね」
「はい。たしか月次のスナップショットで取り込まれてたはずです」
「だったら、それ使えば判定できるよ。“それ以前に契約がない”ことが分かれば、事実上“新規”として扱えるはず」

「なるほど……その条件なら、ロジック組めそうです。ありがとうございます」

 二人の間に、少しの間が空く。
 穂花はメモを取りながら、ふと隆二の横顔を見た。真剣な眼差しは、昨日のラフな姿とはまた別の印象だった。

「……三田村さん、仕事のときって、すごく“ちゃんとしてる”んですね」
 思わず口に出ていた。

「え、俺? ちゃんとしてないイメージあった?」
 苦笑しながら、隆二がカップの水を一口飲む。

「というか、一昨日のイメージが強くて。ラフで、ワイルドで……まさか設計の話で“ヒストリカル”とか出てくるとは思いませんでした」
「そっちこそ。ケーキにちょっとだけ迷ってたでしょ?仕事の判断は速そうなのにね」

「えっ、見られてたんですか?」
 穂花が目を丸くする。

「うん。キャビネットの上のお菓子をよく食べてる人が、ケーキに躊躇してるの、不思議だったから」
 隆二の言い方は、からかい半分、でもやわらかかった。

「もう……やっぱり見てたんだ……」
 穂花は少しうつむきながら、それでも口元には笑みが浮かんでいた。

「でもまあ、お互いギャップがあるってことで」
「そうですね……でも、ちょっと安心しました」
「なにが?」
「昨日の自分が浮いてなかったのかなって。今日、ちゃんと業務の話ができて、ちょっとホッとしたというか」

 隆二は数秒考えてから、小さく頷いた。

「浮いてないよ。むしろ、昨日より今日のほうが……ちょっとドキドキしてるかも」

「え?」
「こっちは本職だから、変なこと言えないって緊張するでしょ?」
「……そっちですか」
 二人とも、同時に笑った。

 視線がPCの画面に戻る。作業の続きを確認するために伸ばした指が自然に重なった。
 一瞬だけ、二人とも手を引くタイミングを失って、気まずさよりも、なぜか静かな嬉しさが残った。
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