誰にでも優しいくせに、私だけに本気なんてズルい– 遊び人エリートのくせに、溺愛が止まらない –

第3部 戸惑いと、意識の始まり

その週末は、会社の懇親会があった。

大きな居酒屋を貸し切って、経理部と営業部は隣同士の席に。社員が続々と集まるなか、私は上林さんと並んで座っていた。

「あ、いい席見つけた。」

上林さんが小声で言う。目線の先には、桐生部長の姿があった。

部長の斜め前。確かにそこなら、自然に視界に入る。

「いい男を見ながら飲めるなんて、ラッキー。」

「上林さん、部長のこと狙ってるんですか?」

「うん。でも相手にされないけどね。」

少し酔ったような笑顔でそう言う上林さんは、普段よりも大胆だ。

「ちなみに、泣かされたことは?」

「ないわよ。あー、泣かされてみたい。」

その瞬間、私は言葉を失った。

泣くって、どういう意味?恋で?それとも……

頭の片隅に、あの夜の帰り道で言われた「ゆっくり味わう」という言葉がよみがえる。

――泣かされてみたい。

その言葉が、やけに胸に刺さった。
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