御曹司さま、推しと恋は似て非なるものなのですが
一章 推しの秘書をしています
一章 推しの秘書をしています


それから一年、季節は巡りまた夏がやってきた。

七月ともなると、朝から晩までずっと暑い。平日の夜はどこかに出かけるより、冷房の稼働する自分の部屋でのんびりするのが一番だ。二十八歳、年頃の女性としてはやや寂しい気もするけれど。

「あぁ、こういう表情も素敵」

すっかり夜も更けた頃。芽衣子は自分のベッドに寝そべりながら自身のスマホの画面をスクショする。スチルと呼ばれる、キャラの麗しい映像を保存するためだ。芽衣子の〝ルイさんスチルコレクション〟は増える一方で、スマホの容量を順調に圧迫していってる。

「まずいまずい、そろそろ外部メモリに移さないと」

芽衣子のお気にいりゲーム、イノセント・バランタ通称イノバラの人気は衰え知らずで、次々とエピソードが追加され、声優イベントの開催が決まり……ファンとしては嬉しい悲鳴が止まらない状況だ。

(もう、このジャンルの覇権ゲームといっても過言じゃないよね)

イノバラは、近未来SF風の世界を舞台に新米警察官である主人公が敵対組織であるマフィアのイケメンたちと禁断の恋に落ちていく恋愛シミュレーションゲームだ。

このマフィアたちもとある目的のために動いており、純粋な悪人集団ではないという凝った設定が人気を集めている。

芽衣子の推しのルイ隠しキャラと呼ばれる存在で、初期段階では攻略対象ではないけれど、やり込んでいくうちにルートが現れて彼との恋愛を楽しめるようになっている。

『お前の信頼を裏切るつもりはなかったんだ。それだけは……信じてくれ』

芽衣子の大好きな艶っぽい声がスマホから流れ出す。

(うわあぁ、苦悩するルイさんを見るのはつらい。でも死ぬほどかっこいい‼)

ルイは警察官として働く主人公の頼りになる上司という設定の人物だ。いつも優しく、温かく主人公を見守る彼だけれど……ストーリーの中盤で実はマフィア側のスパイだったことがあきらかになる。

すでに主人公に恋心を抱いている彼の葛藤はルイ攻略ルートでの最大の山場で、彼のファンをドカンと増やす起爆剤にもなった。

小さな画面のなかだけに存在する最愛の人をうっとりと眺めて、芽衣子は思う。

(それにしても……本当に夏目社長にそっくり)

赤髪、青髪、なんでもありのゲームキャラには珍しくルイは日本人的な黒髪、黒い瞳というビジュアルだ。そのせいなのか、もしくは雪雅のほうが現実離れした美貌の持ち主だからか。あの衝撃の出会いから一年が過ぎて、こうして冷静な目で見ても……やっぱりよく似ていた。
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