先輩の添い寝係になりました

■第2話:響のマンション

 タクシーに乗り込んだときは、雨脚(あまあし)は驚くほど強くなっていた。

「ゲリラ豪雨かー。しばらく降りそうだね」

 そう言うと、(きょう)がふわあ、っと大きなあくびをした。

「寝不足ですか?」
「うん、ちょっとね……」

 響が眠そうに目をこする。
 俳優という職業柄、夜が遅いのかもしれない。
 タクシーが停まったのは、見上げるようなタワーマンションの前だった。

「えっ、ここですか?」
「そう。着いてきて」

 さくさく歩いていく響について、ホテルかと見紛うような広々としたエントランスロビーを突っ切り、エレベーターに乗り込む。
 三十五階で降りると、響がシックな黒のドアを開けてくれる。

「わあ……」

 玄関はそこだけで一部屋ありそうなくらい広かった。

「とりあえず、スーツケースは玄関に置いて上がって」
「はい……!」

 瑞音(みずね)は夢見心地で大理石の床を歩いていく。
 突き当たりのリビングが、学校の教室かと思うほど広くて唖然としてしまった。

「あの、ここに一人暮らしなんですか……?」
「うん。4LDK」

 響がさらっと言う。

「す、すごい部屋ですね……」
「はは。ちょっと張り切っちゃった。くつろげる場所がほしくて」
「はあ……」

 若干(じゃっかん)二十六歳でこんな部屋に住めるとは、さすが人気俳優だけはある。

「客間、見てみる?」
「えっ、はい」

 リビングの奥に更に廊下があり、案内してくれた部屋はゆったりした寝室だった。
 クローゼットの他にはベッドしかない。

「す、すごいですね。よくお客さん、来るんですか?」
「いや、予備の部屋」
「?」
「ちょっと事情があってね。俺の寝室はリビングを挟んで逆側にあるし、トイレも別。住みやすそうでしょ?」
「確かに……」

 こんなにゆったりした造りのマンションだとは想像もしていなかった。

「ま、せっかくだから、ゆっくりしていってよ」

 響の言葉に、瑞音は戸惑いながらうなずいた。

         *

 結局、瑞音は晩ご飯までご馳走になってしまった。
 雨がやまないせいもあったが、スマホでいくら調べてみても解決策が出なかったのだ。

「ごちそうさまでした……美味しかったです。すいません、作ってもらって」
「ちょっとパスタを作っただけだよ。気にしないで」

 皿を片付けながら響がにこやかに笑う。
 お腹がいっぱいになり、瑞音の緊張もすっかり解けていた。
 まるで昔からの友達の部屋にいる気分だ。

「何か映画でも観る?」

 壁には大きいサイズのテレビが掛けてある。

「あのっ、よかったら先輩が出演している作品を見たいです!」

 響が人気俳優になったのは知っていた。
 だが、実はまともに出演作を見ていない。

 瑞音にとって響は憧れの先輩で、そのイメージを崩したくなかったのだ。
 だが、こうして再会してみて、響のことをもっと知りたくなった。

(先輩は人気俳優だけど、どんな演技をするんだろう……)

 瑞音の言葉に響は少し驚いたようだったが、すぐにうなずいてくれた。

「いいよ。最新作がちょうど配信サイトに来ているはずだから。サスペンスだけど大丈夫?」
「サスペンス、好きです!」

 瑞音の言葉に笑みを浮かべ、響が隣に座ってくる。
 体温が感じられるくらいの距離に、瑞音はドキドキしてきた。

(先輩、かっこいいもんなあ……)

 鼻筋の通った端整な横顔についつい見とれてしまう。
 高収入でお洒落なマンションに住み、料理もさっとできてしまう――まるでドラマの登場人物のようだ。

(遠い存在の人よね)
 
< 2 / 11 >

この作品をシェア

pagetop