先輩の添い寝係になりました
■第3話:響の映画
映画が始まった。
「えっ、えっ。これ先輩ですか!?」
「そうだよ」
瑞音の驚きっぷりに、響がふきだす。
「だって……!」
画面の中から、明るい金髪に染めた髪をかき上げている響が流し目を送ってくる。
美しい曲線を描く滑らかな首筋には、炎を象ったタトゥー。
闇を抱えた危険なホストという役柄がぴったりハマっており、目が離せない。
あまりの色気に、瑞音は思わず隣の本人と見比べてしまった。
(まるで別人みたい……)
ホスト役の響は、無法者で女性を取っ替え引っ替えしている。
いろんな人を利用し、踏みにじっても悪びれない、魅力的な悪役だ。
だが、現実の響は見た目の華やかさに反し、浮いた話を一切聞かなかった。
ものすごくモテていたが、誰かと付き合っているとか、女遊びをしている話は一度も流れてこなかった。
(全然違う人をこうも軽々と演じるなんて……)
ドラマの中の響にぐんぐん惹かれていく。
悪い男だとわかっているのに惹かれてしまう女性たちの気持ちが痛いほどわかる。
容赦のない暴力を敵に浴びせながら笑っている響に、こちらを見てほしいと思ってしまう。
(違う……演じているというか……)
あっという間の二時間だった。
映画を見終わり、瑞音はホッと息を吐いた。
没入感がすごく、今もまだ作品世界にいる気分だ。
「すごく見応えがあって面白かったです! 最後まで主人公がどうなるのかハラハラしちゃいました!」
「楽しんでもらえてよかったよ」
瑞音の絶賛に、少し照れくさそうに響が微笑む。
「先輩って……もしかして憑依型ですか?」
「演技のこと? うん、そうだね。台本を読み込んだあとは、その人物の魂を体に引き込むイメージかな」
「すごい……!」
言葉だけ聞くと簡単そうだが、大勢のスタッフや眩しいライトに囲まれて、別人のままでいられるのはかなりの集中力を要するだろう。
(私にはそんな芸当できなかったな……)
瑞音は遠い昔のことをフッと思いだしてしまった。
役者として舞台に上がったことはないが、ピアニストとしてならある。
たった一人でステージに上がる恐怖、観客が全員自分を見つめているというプレッシャー。
いつもならつらい思い出すだけで苦しくなるのだが、今は響の演技に圧倒されたせいか気にならなかった。
「すごい色気でしたね……。先輩は高校の時、あまり女性に興味がなかったみたいなのでびっくりしました」
響がアイスティーの入ったグラスを差し出してくる。
「そんなことないよ。あの頃、いろいろあって恋愛どころじゃなかっただけ。気持ちに余裕がないと、恋愛ってできないでしょ?」
「そうなんですか……」
高校時代の響は、いつも皆の中心で楽しそうに笑っていた印象しかない。
笑顔の下で、苦しい思いを抱えていたのだろうか。
(いつも遠くから見ていただけだったからなあ……)
こうやって八年ぶりに再会し、響のマンションで気軽に話していることが信じられない。
(もう二度と会えるなんて思ってなかったもの。相手は芸能人だし……)
「高校を卒業して、演技を始めて楽になったんだ。別人になれることが、こんなにも心を解放させてくれるって知らなくて」
グラスに口をつけながら、響が静かに話す。
「すっかりハマってしまって。結局、役者を仕事にしちゃった」
「つらいことから逃れるために役者になったんですか?」
「最初はね。でも、今は単純に別人になるのが面白い。自分と違う人間であればあるほど、やり応えがあるよ」
からっと笑う響に、瑞音はホッとした。
苦しさをずっと抱えているままなのかと、心配してしまったのだ。
(ああ、この人は根っからの役者なんだなあ……)
響が綺麗な色の缶を差し出してくる。
「クッキー、どうぞ。もらい物だけど」
「えっ、これ有名洋菓子店のやつじゃないですか!」
「そうなの? 差し入れでもらったんだけど……」
響は意識していないが、瑞音にとっては高嶺の花の高級ブランドのお菓子だ。
「い、いただきます」
思わず手を合わせる瑞音に、響がふきだす。
「面白いなあ、昼寝ちゃんは」
「昼寝じゃないですって!」
「……」
コトン、と響がグラスをテーブルに置く。
こちらを向いた目があまりに真剣で、瑞音はハッとした。
「……今はもう、幸せに昼寝したりしないの?」
「し、しますけど……!」
「そう」
なぜか響が遠い目になる。
「そうだ、ワインもいただいたんだった。俺、あんまり飲まないから、一緒に開けない?」
「す、少しなら!」
ワインなど飲んだことがない。
でも興味があって、思わず瑞音はうなずいた。
そして、うっかり飲みすぎてしまった。
「えっ、えっ。これ先輩ですか!?」
「そうだよ」
瑞音の驚きっぷりに、響がふきだす。
「だって……!」
画面の中から、明るい金髪に染めた髪をかき上げている響が流し目を送ってくる。
美しい曲線を描く滑らかな首筋には、炎を象ったタトゥー。
闇を抱えた危険なホストという役柄がぴったりハマっており、目が離せない。
あまりの色気に、瑞音は思わず隣の本人と見比べてしまった。
(まるで別人みたい……)
ホスト役の響は、無法者で女性を取っ替え引っ替えしている。
いろんな人を利用し、踏みにじっても悪びれない、魅力的な悪役だ。
だが、現実の響は見た目の華やかさに反し、浮いた話を一切聞かなかった。
ものすごくモテていたが、誰かと付き合っているとか、女遊びをしている話は一度も流れてこなかった。
(全然違う人をこうも軽々と演じるなんて……)
ドラマの中の響にぐんぐん惹かれていく。
悪い男だとわかっているのに惹かれてしまう女性たちの気持ちが痛いほどわかる。
容赦のない暴力を敵に浴びせながら笑っている響に、こちらを見てほしいと思ってしまう。
(違う……演じているというか……)
あっという間の二時間だった。
映画を見終わり、瑞音はホッと息を吐いた。
没入感がすごく、今もまだ作品世界にいる気分だ。
「すごく見応えがあって面白かったです! 最後まで主人公がどうなるのかハラハラしちゃいました!」
「楽しんでもらえてよかったよ」
瑞音の絶賛に、少し照れくさそうに響が微笑む。
「先輩って……もしかして憑依型ですか?」
「演技のこと? うん、そうだね。台本を読み込んだあとは、その人物の魂を体に引き込むイメージかな」
「すごい……!」
言葉だけ聞くと簡単そうだが、大勢のスタッフや眩しいライトに囲まれて、別人のままでいられるのはかなりの集中力を要するだろう。
(私にはそんな芸当できなかったな……)
瑞音は遠い昔のことをフッと思いだしてしまった。
役者として舞台に上がったことはないが、ピアニストとしてならある。
たった一人でステージに上がる恐怖、観客が全員自分を見つめているというプレッシャー。
いつもならつらい思い出すだけで苦しくなるのだが、今は響の演技に圧倒されたせいか気にならなかった。
「すごい色気でしたね……。先輩は高校の時、あまり女性に興味がなかったみたいなのでびっくりしました」
響がアイスティーの入ったグラスを差し出してくる。
「そんなことないよ。あの頃、いろいろあって恋愛どころじゃなかっただけ。気持ちに余裕がないと、恋愛ってできないでしょ?」
「そうなんですか……」
高校時代の響は、いつも皆の中心で楽しそうに笑っていた印象しかない。
笑顔の下で、苦しい思いを抱えていたのだろうか。
(いつも遠くから見ていただけだったからなあ……)
こうやって八年ぶりに再会し、響のマンションで気軽に話していることが信じられない。
(もう二度と会えるなんて思ってなかったもの。相手は芸能人だし……)
「高校を卒業して、演技を始めて楽になったんだ。別人になれることが、こんなにも心を解放させてくれるって知らなくて」
グラスに口をつけながら、響が静かに話す。
「すっかりハマってしまって。結局、役者を仕事にしちゃった」
「つらいことから逃れるために役者になったんですか?」
「最初はね。でも、今は単純に別人になるのが面白い。自分と違う人間であればあるほど、やり応えがあるよ」
からっと笑う響に、瑞音はホッとした。
苦しさをずっと抱えているままなのかと、心配してしまったのだ。
(ああ、この人は根っからの役者なんだなあ……)
響が綺麗な色の缶を差し出してくる。
「クッキー、どうぞ。もらい物だけど」
「えっ、これ有名洋菓子店のやつじゃないですか!」
「そうなの? 差し入れでもらったんだけど……」
響は意識していないが、瑞音にとっては高嶺の花の高級ブランドのお菓子だ。
「い、いただきます」
思わず手を合わせる瑞音に、響がふきだす。
「面白いなあ、昼寝ちゃんは」
「昼寝じゃないですって!」
「……」
コトン、と響がグラスをテーブルに置く。
こちらを向いた目があまりに真剣で、瑞音はハッとした。
「……今はもう、幸せに昼寝したりしないの?」
「し、しますけど……!」
「そう」
なぜか響が遠い目になる。
「そうだ、ワインもいただいたんだった。俺、あんまり飲まないから、一緒に開けない?」
「す、少しなら!」
ワインなど飲んだことがない。
でも興味があって、思わず瑞音はうなずいた。
そして、うっかり飲みすぎてしまった。