先輩の添い寝係になりました
■第4話:悪夢
「んんっ!」
ぶるっと体を震わせ、瑞音は目を開けた。
「えっ、やだ、寝ちゃった!?」
がばっと体を起こすと、かけてあったブランケットがするりと床に落ちた。
「これ……先輩が?」
高校時代の甘い思い出がフラッシュバックする。
放課後の食堂で眠ってしまった瑞音に、制服を掛けてくれたのが響だ。
「先輩……?」
ソファでは、響が無防備な姿で寝息を立てていた。
どうやらワインを飲んで、先に寝てしまったらしい。
「あー、恥ずかしい! 人の家で酔っ払って寝てしまうなんて……」
瑞音は火照った顔に手を当てた。
「どうしよう。もう終電も終わってる……」
ちょっと雨宿りをさせてもらうだけのはずが、とんでもないことになってしまった。
「馬鹿……! どうしよう。行く当てもないし、今からホテルを探す?」
おろおろしていると、響が体をもぞっと動かした。
「うっ……」
起きたかと思った響だったが、苦しげに眉根を寄せている。
「うぅ……あっ……」
悪夢を見ているのだろうか。とても苦しげな表情だ。
「あ、あの先輩……!」
瑞音は見かねて響の肩をゆすった。
「んんっ……! あ……昼寝ちゃん……」
響がうっすら目を開けたので、瑞音はホッとした。
「大丈夫ですか!?」
気怠そうに響が体を起こす。
「ごめん、起こしちゃった? 俺、うなされていたよね?」
「は、はい……」
すごくつらそうだった。
響が苦笑する。
「見られたから言うけどさ、実は毎晩悪夢を見るんだ」
「えっ……」
「それでうなされて飛び起きる。だから寝不足で……」
眠そうにあくびをしていた響が浮かぶ。
「……役者になって忘れられたと思ったんだけど、やっぱり心の傷ってそう簡単に消えてくれないよなあ」
その言葉は瑞音にも刺さった。
自分も十年以上前のことを今もずっと引きずっている。
響のように悪夢を見たりはしない。
だけど、今もピアノには近づけない。
あれほど毎日練習していた、一番身近な楽器だったのに。
「睡眠のバランスが崩れて、なかなか寝付けなくなって。寝られても翌日に眠気を引きずったりするから、仕事に差し支えるし」
響がため息をつく。
「昼寝ちゃんが羨ましいよ」
確かに瑞音はうなされることなどない。
寝て起きたらスッキリしている。
その点では恵まれているのかもしれない。
「何か気持ちよく寝るコツある?」
問われて瑞音は首を傾げた。
「普通に寝るだけなので……」
「アロマとかは?」
「やってないです」
「そっか……残念」
響がフッと笑い、意味深な視線を向けてきた。
「実はさ、昼寝ちゃんを部屋に呼んだのは下心があったんだ」
思いがけない言葉に瑞音はびくっとした。
「あ、そっちの下心じゃなくってさ、気持ちよく寝られるコツを教えてもらえないかなって思って」
「あっ、そうなんですか」
思わず焦ってしまった。
こんなにモテる先輩が、自分に懸想するはずもない。
華やかで美しい才能あふれた女性たちに囲まれて仕事をしているのだ。
(自意識過剰だ……恥ずかしい)
「本当に幸せそうな顔で寝るんだなーって印象に残ってて」
「そ、そうですか」
無防備な寝顔を見られていたのだと聞くと、改めて照れてしまう。
高校時代は今よりもずっと眠気が強く、休み時間に寝ていることが多かった。
「すいません、何もコツとかなくて……」
「いや、いいんだ。ごめん。ダメ元でね。いろいろ試していて」
響がふっと悲しげな表情になる。
「わりと参ってて。客間にベッドがあるのもそのせい。寝る場所を変えるといい、とか聞いてやってみたんだけどダメでさ。寝やすくなるリラックスウェアとか、ハーブティーとか……全部ダメだった」
「そうですか……」
よく見ると、響の目の下にはクマがあった。
だいぶ悩んでいるらしい。
(そっか、先輩が私なんかを家に誘ってくれたのは、いい睡眠のためか……)
理由がはっきりわかると安心した。
やはり男性の部屋に誘われ、多少なりとも警戒していたのだ。
(一宿一飯の恩じゃないけど……何がしてあげたい)
「せめて、寝付くまでそばにいましょうか?」
「えっ……」
「人の気配がある方が安心して寝やすいケースもあると思うので。試してみました?」
「いや。一人の方が寝やすいかと……」
響の目が輝く。
「お願いしていいかな? 一時間たってダメだったら、薬に頼るから!」
「お安いご用ですよ!」
行き場のない自分を泊めてくれるのだ。そばにいるくらいしてあげたい。
「じゃあ、寝室に行きましょう!」
気合いを入れて言うと、響がふきだした。
「なんですか?」
「いや、大胆なセリフだな、って思って」
「えっ、あっ」
誤解を招く表現だった。瑞音は赤面した。
「そういう意味じゃ……」
「いや、からかってごめん。張り切ってくれてありがたいよ」
ぶるっと体を震わせ、瑞音は目を開けた。
「えっ、やだ、寝ちゃった!?」
がばっと体を起こすと、かけてあったブランケットがするりと床に落ちた。
「これ……先輩が?」
高校時代の甘い思い出がフラッシュバックする。
放課後の食堂で眠ってしまった瑞音に、制服を掛けてくれたのが響だ。
「先輩……?」
ソファでは、響が無防備な姿で寝息を立てていた。
どうやらワインを飲んで、先に寝てしまったらしい。
「あー、恥ずかしい! 人の家で酔っ払って寝てしまうなんて……」
瑞音は火照った顔に手を当てた。
「どうしよう。もう終電も終わってる……」
ちょっと雨宿りをさせてもらうだけのはずが、とんでもないことになってしまった。
「馬鹿……! どうしよう。行く当てもないし、今からホテルを探す?」
おろおろしていると、響が体をもぞっと動かした。
「うっ……」
起きたかと思った響だったが、苦しげに眉根を寄せている。
「うぅ……あっ……」
悪夢を見ているのだろうか。とても苦しげな表情だ。
「あ、あの先輩……!」
瑞音は見かねて響の肩をゆすった。
「んんっ……! あ……昼寝ちゃん……」
響がうっすら目を開けたので、瑞音はホッとした。
「大丈夫ですか!?」
気怠そうに響が体を起こす。
「ごめん、起こしちゃった? 俺、うなされていたよね?」
「は、はい……」
すごくつらそうだった。
響が苦笑する。
「見られたから言うけどさ、実は毎晩悪夢を見るんだ」
「えっ……」
「それでうなされて飛び起きる。だから寝不足で……」
眠そうにあくびをしていた響が浮かぶ。
「……役者になって忘れられたと思ったんだけど、やっぱり心の傷ってそう簡単に消えてくれないよなあ」
その言葉は瑞音にも刺さった。
自分も十年以上前のことを今もずっと引きずっている。
響のように悪夢を見たりはしない。
だけど、今もピアノには近づけない。
あれほど毎日練習していた、一番身近な楽器だったのに。
「睡眠のバランスが崩れて、なかなか寝付けなくなって。寝られても翌日に眠気を引きずったりするから、仕事に差し支えるし」
響がため息をつく。
「昼寝ちゃんが羨ましいよ」
確かに瑞音はうなされることなどない。
寝て起きたらスッキリしている。
その点では恵まれているのかもしれない。
「何か気持ちよく寝るコツある?」
問われて瑞音は首を傾げた。
「普通に寝るだけなので……」
「アロマとかは?」
「やってないです」
「そっか……残念」
響がフッと笑い、意味深な視線を向けてきた。
「実はさ、昼寝ちゃんを部屋に呼んだのは下心があったんだ」
思いがけない言葉に瑞音はびくっとした。
「あ、そっちの下心じゃなくってさ、気持ちよく寝られるコツを教えてもらえないかなって思って」
「あっ、そうなんですか」
思わず焦ってしまった。
こんなにモテる先輩が、自分に懸想するはずもない。
華やかで美しい才能あふれた女性たちに囲まれて仕事をしているのだ。
(自意識過剰だ……恥ずかしい)
「本当に幸せそうな顔で寝るんだなーって印象に残ってて」
「そ、そうですか」
無防備な寝顔を見られていたのだと聞くと、改めて照れてしまう。
高校時代は今よりもずっと眠気が強く、休み時間に寝ていることが多かった。
「すいません、何もコツとかなくて……」
「いや、いいんだ。ごめん。ダメ元でね。いろいろ試していて」
響がふっと悲しげな表情になる。
「わりと参ってて。客間にベッドがあるのもそのせい。寝る場所を変えるといい、とか聞いてやってみたんだけどダメでさ。寝やすくなるリラックスウェアとか、ハーブティーとか……全部ダメだった」
「そうですか……」
よく見ると、響の目の下にはクマがあった。
だいぶ悩んでいるらしい。
(そっか、先輩が私なんかを家に誘ってくれたのは、いい睡眠のためか……)
理由がはっきりわかると安心した。
やはり男性の部屋に誘われ、多少なりとも警戒していたのだ。
(一宿一飯の恩じゃないけど……何がしてあげたい)
「せめて、寝付くまでそばにいましょうか?」
「えっ……」
「人の気配がある方が安心して寝やすいケースもあると思うので。試してみました?」
「いや。一人の方が寝やすいかと……」
響の目が輝く。
「お願いしていいかな? 一時間たってダメだったら、薬に頼るから!」
「お安いご用ですよ!」
行き場のない自分を泊めてくれるのだ。そばにいるくらいしてあげたい。
「じゃあ、寝室に行きましょう!」
気合いを入れて言うと、響がふきだした。
「なんですか?」
「いや、大胆なセリフだな、って思って」
「えっ、あっ」
誤解を招く表現だった。瑞音は赤面した。
「そういう意味じゃ……」
「いや、からかってごめん。張り切ってくれてありがたいよ」