しつこいくらい、甘えてもいい?
第2話
転職して、3年目。
前職の経験を活かしながら、総務部で働く——黒木遥香、29歳。
人を頼ることなく、甘えることもなく。なんでも自分で処理できる。
それが私の特技であり、モットー……だったはずなのに。
そんな私を、何かと甘えさせようとしてくる、7歳年上の瀬戸さん。
彼の存在が——私のペースを、ぐちゃぐちゃに乱してくる。
◇
結局私は、瀬戸さんの後ろをついて歩いた。
並んで歩くあいだ、瀬戸さんは何も言わない。
私も、何も言わない。
さっきデスクに置かれたスマホの意味と、瀬戸さんの言動について考えていた。
「黒木、ほら乗って」
いつのまにか瀬戸さんは、タクシーを1台止めていた。
手招きしながら、私に乗るよう促す。
「いや、大丈夫です。私、自分で——」
「しつこい」
私の言葉をばっさり切り捨てて、瀬戸さんは軽く腕を掴んだ。
「送るって決めた」
あくまで自然体だった。だけど、そういうところがまたずるい。
「……」
私は観念して、タクシーに乗り込む。
瀬戸さんの、すこしだけ嬉しそうな表情を見た気がしたが、それは見なかったことにする。
走り出した車内は、怖いくらい静かだった。
しばらく、瀬戸さんは窓の外を見たまま、何も言わない。
私も気まずくなって、スマホをいじるふりをする。
そんな時間が続いたのち、ふいに、ぽつりと瀬戸さんが口を開いた。
「ずっと……気になってたんだ」
「……何が、ですか?」
私の方をいっさい見ないまま、言葉を続ける。
「黒木って、いつもひとりで遅くまで仕事してるだろ」
「別に……暇なだけです」
「ほんと?」
「……はい」
「うそ」
彼は、ごく自然に断言してくる。
私がほんとうだと言っているのに、うそだと言われるのは心外だ。
だけど、そこまで嫌だとは思わなかった。
「俺、前から思ってた」
「……何を、ですか」
「黒木って、人を頼るのが、すごく下手だよなって」
その言葉に、指先がほんのすこしだけ震えた。
けれど、それを悟られないよう冷静を装う。
「そんなこと……ないです」
「いや、ある」
目線をこちらに向けた瀬戸さんは、にやっと笑いながら続けた。
「全部自分でやろうとして、勝手にいっぱいいっぱいになって。それでも誰にも相談しないで、苦しくなる。しんどそうな顔、何回も見た」
「……勝手に見ないでください」
「気になるんだよ。お前がそうやって潰れそうになってるの」
彼は、いつもみたいに軽く言う。
だけど、その声の奥には、すこしだけ本気が混じっているように思えた。
「周りにさ、素直に甘えればいいんだ。しんどいだろ」
「別に、しんどくないです」
「しんどいくせに」
私が否定すると、彼は決まって笑う。
「黒木って、素直じゃないからな」
「瀬戸さんが、勝手にそう言ってるだけです」
「ほんと、頑固」
ふっと、瀬戸さんの笑い声がこぼれる。
「……素直に甘えたら、楽なのに」
「甘えません」
「だろうな」
彼は、私の答えを知っていたみたいに、あっさりとまた笑った。
車内の空気が、すこしずつ穏やかになっていく。
瀬戸さんが醸し出す雰囲気に、飲まれそうになっていた。
「甘え方、俺が教えてやろうか?」
「……は?」
「冗談だよ」
「……」
私は、小さく溜息をつく。
ほんとうに冗談なのか分からない一言に、そっと目を閉じた。