しつこいくらい、甘えてもいい?

第2話


 転職して、3年目。
 前職の経験を活かしながら、総務部で働く——黒木(くろき)遥香(はるか)、29歳。
 人を頼ることなく、甘えることもなく。なんでも自分で処理できる。
 それが私の特技であり、モットー……だったはずなのに。
 そんな私を、何かと甘えさせようとしてくる、7歳年上の瀬戸さん。
 彼の存在が——私のペースを、ぐちゃぐちゃに乱してくる。



 結局私は、瀬戸さんの後ろをついて歩いた。
 並んで歩くあいだ、瀬戸さんは何も言わない。
 私も、何も言わない。
 さっきデスクに置かれたスマホの意味と、瀬戸さんの言動について考えていた。
「黒木、ほら乗って」
 いつのまにか瀬戸さんは、タクシーを1台止めていた。
 手招きしながら、私に乗るよう促す。
「いや、大丈夫です。私、自分で——」
「しつこい」
 私の言葉をばっさり切り捨てて、瀬戸さんは軽く腕を掴んだ。
「送るって決めた」
 あくまで自然体だった。だけど、そういうところがまたずるい。
「……」
 私は観念して、タクシーに乗り込む。
 瀬戸さんの、すこしだけ嬉しそうな表情を見た気がしたが、それは見なかったことにする。
 走り出した車内は、怖いくらい静かだった。
 しばらく、瀬戸さんは窓の外を見たまま、何も言わない。
 私も気まずくなって、スマホをいじるふりをする。
 そんな時間が続いたのち、ふいに、ぽつりと瀬戸さんが口を開いた。
「ずっと……気になってたんだ」
「……何が、ですか?」
 私の方をいっさい見ないまま、言葉を続ける。
「黒木って、いつもひとりで遅くまで仕事してるだろ」
「別に……暇なだけです」
「ほんと?」
「……はい」
「うそ」
 彼は、ごく自然に断言してくる。
 私がほんとうだと言っているのに、うそだと言われるのは心外だ。
 だけど、そこまで嫌だとは思わなかった。
「俺、前から思ってた」
「……何を、ですか」
「黒木って、人を頼るのが、すごく下手だよなって」
 その言葉に、指先がほんのすこしだけ震えた。
 けれど、それを悟られないよう冷静を装う。
「そんなこと……ないです」
「いや、ある」
 目線をこちらに向けた瀬戸さんは、にやっと笑いながら続けた。
「全部自分でやろうとして、勝手にいっぱいいっぱいになって。それでも誰にも相談しないで、苦しくなる。しんどそうな顔、何回も見た」
「……勝手に見ないでください」
「気になるんだよ。お前がそうやって潰れそうになってるの」
 彼は、いつもみたいに軽く言う。
 だけど、その声の奥には、すこしだけ本気が混じっているように思えた。
「周りにさ、素直に甘えればいいんだ。しんどいだろ」
「別に、しんどくないです」
「しんどいくせに」
 私が否定すると、彼は決まって笑う。
「黒木って、素直じゃないからな」
「瀬戸さんが、勝手にそう言ってるだけです」
「ほんと、頑固」
 ふっと、瀬戸さんの笑い声がこぼれる。
「……素直に甘えたら、楽なのに」
「甘えません」
「だろうな」
 彼は、私の答えを知っていたみたいに、あっさりとまた笑った。
 車内の空気が、すこしずつ穏やかになっていく。
 瀬戸さんが醸し出す雰囲気に、飲まれそうになっていた。
「甘え方、俺が教えてやろうか?」
「……は?」
「冗談だよ」
「……」
 私は、小さく溜息をつく。
 ほんとうに冗談なのか分からない一言に、そっと目を閉じた。

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