しつこいくらい、甘えてもいい?
第6話
それから私は、瀬戸さんを避けるようになった。
いや、正確に言えば——気づいたら、避けていた。
彼を気にすれば気にするほど、余計に気になってしまう。
だけどそれは、『好き』という感情ではない。
私はそう——思い込もうとしていた。
ずっと、悔しかったんだ。
あんなふうに冗談のようなことばかり言って、私をからかって、甘えさせるくせに。
ほんとうは自分も、私と似たような感情を抱いていた。
瀬戸さんだって、誰かを好きなるのが怖いくせに。
『甘えるのが怖い』と言った私に対して、『甘え方を教える』なんて、よくそんなことが言えたよねって思って。
ずるい。
彼は、ずるい。
なんて思いながらも——だいたい私は、彼のことなんて、何も知らなかった。
そもそも、知ろうともしてなかった。
距離を詰めてきたのは瀬戸さんのほうだった。
私は、ただそれに流されていただけだった。
彼のことを、どこか『からかい半分で絡んでくる先輩』だと決めつけて、深入りしないままで、どこか安心感さえ覚えていた。
なのに。
自分のことだけ私に隠していたなんて、ずるい。そう思えて仕方がない。
だけど、ほんとうは——
彼のことを知ろうとしなかった、私自身もずるかった。
「……」
それ以来、私は自然に彼を避けた。
目が合いそうになると、すぐに視線を逸らす。
廊下ですれ違いそうになると、なんとなく別のルートを選ぶ。
瀬戸さんに話しかけられそうになると、たまたま近くの社員に話を振っていた。
「黒木、お疲れ様」
「あ、はい。お疲れ様です」
瀬戸さんは、すれ違うといつも通りの挨拶をしてくれる。
でも私は、彼の方を見ないまま、その場をすぐに離れた。
「あ、おい。最近なんか避けてる?」
「別に、そんなことはないです」
私は笑って返答する。
きっと、うまく誤魔化せている。
ほんとうはまったく誤魔化せていないことくらい、自分でもわかっていたけれど。
もうこれ以上、どうすることもできなかった。
「あ、黒木。今からお昼食べた? 良かったら一緒に——」
「あ……今日は、別の人と一緒に行く約束がありますので」
ほんとうは、そんな約束なんてしていない。
「そっか」
瀬戸さんは、一瞬だけ驚いたように目を見開いたけれど、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「楽しんで来いよ」
「……」
私は瀬戸さんに対して、小さな嘘をいくつも重ねた。
でも、それで私の気持ちが薄れるわけではなかった。
やっぱり、気にすれば気にするほど、気になって、気になって、気づけば、どこにいても彼の姿を探してしまうようになった。
彼の声が聞こえると、意識が勝手に引き寄せられる。
こんなにも、気にしているのに。
こんなにも、罪悪感を積み重ねているのに。
それでも私は——どうしても、彼に近づくことが怖かった。
ずっと……気づかないふりをしていた。
けれどきっと私は、瀬戸さんのことが好きなのだ。
だけど、それを認めるのが怖い。
甘えてしまうと、すべてを壊してしまいそうで。自分すらも、壊れてしまいそうで。
彼に心を、許してしまいそうで。
それらが私にとっては何よりも怖くて——悔しかった。