しつこいくらい、甘えてもいい?
第7話
——私はどうして、こんなにも甘えることが怖いんだろう。
なんて、馬鹿げた自問に、笑いすら込み上げる。
ずっと前から、そうだった。
前職での私は、それなりに仕事ができる方だった。
周りに相談をしながら、時には人を頼りながら、うまく部署を回すことができていた。
私は、そうやって働くのが〝正しい〟と思っていた。
『黒木さん、これお願いしてもいいですか?』
『いいですよ。私もこちらをお願いします』
そんなふうに、支え合って仕事を進めるのが当たり前だった。
だけど——私のそれを、良く思わない人がいた。
直属の先輩だった。
私よりも社歴が長くて、年齢も一回り上で、私が最初にいろんな仕事を教わった相手。
でもその人は、私が周りと上手く連携して仕事をしていることを、ずっと快く思っていなかったらしい。
『私より下のくせに、上手く立ち回ってんなよ』
小さく、そう言われたことがあった。
最初は気にしないふりをした。
でも、徐々におかしなことが増えていったのだ。
私が担当していない仕事で、いつの間にかミスを押しつけられたり、私の提出書類が、いつの間にかデータごと消されていたり。
最初の犯人は、先輩ひとりだった。
だけど気づいたら、他の同僚たちまで、あの先輩と一緒に、私の小さな粗探しを始めていたのだ。
陰で笑われたこともある。
『あの人、すぐに周りを頼るからね』
『仕事振ってばっかよね』
『周りに甘えて、仕事できますアピール。マジで無理』
私は、何も言い返せなった。
言い返せば、きっともっと悪化してしまう。
私はただ——みんなで支え合って、協力し合って仕事をしたかっただけなのに。
それが〝甘え〟だったなんて……想像すらしていなかった。
気づいたら私は、誰かを頼るということができなくなっていた。
最後に、先輩に言われた一言が、ずっと私の胸に刺さっている。
「甘えんな」
たったそれだけの言葉だった。
でも、あの時の冷たい声は、今でも私の中で何度も繰り返される。
甘えんな。
誰かを頼ると、また潰される。
誰かを頼ると、また職場に居場所がなくなる。
だから私は、会社を辞めた。
逃げるように、転職したのだ。
環境が変われば、きっと前と同じよう——普通に働けると思っていた。
でも結局、私は人を頼ることができない人間になった。
人を頼らず、自分のことは自分で抱え込んで、誰かに声をかけられても、いつも『大丈夫です』と笑う。
別に私は、それで問題なかった。
それで——いいはずだったのに。
瀬戸さんは、そんな私を簡単に見抜いてきた。
『もっと人に甘えろよ』
『しつこい』
『甘え方、俺が教えてやろうか?』
冗談みたいに言うその言葉が、ぐらりと私の心を揺らす。
笑いながら言われたその一言は、私にとって、どうしようもなく刺さった。
ほんとうは、欲しかった。
ほんとうは、ずっと——そう言ってほしかった。
でも、私は甘えられない。
どうしても、怖い。
甘えたら、また壊されるかもしれない。
甘えたら、また私はひとりになるかもしれない。
でも——あの人は、甘えてもいいという。
過去の呪縛と、あの人の優しい声の狭間で、私はまだ、どうしたらいいのかわからないままだった。