恋とバグは仕様です。 ~営業スマイルで喧嘩して、恋に落ちるまで~
第1章「その笑顔、バグってますけど?」
01|営業スマイルの女王と冷静無比な毒舌男


 ──「おはようございます。お先に失礼します。いつもありがとうございます!」

 朝の社内に軽やかな挨拶が響く。ヒールの音が規則正しくフロアを渡り、彼女がデスクに近づくたび、社員の目が彼女に向く。

「今日も美しい……」
「さすが我らが天使エンジニア、白河さん……!」

 そう囁かれる中、当の本人、白河 凛(しらかわ りん)は営業用の微笑みを顔に貼りつけたまま、さっとPCを開く。

「おはようございます、朝倉さん」
「おう、おはよう。今日も……完璧な笑顔だな」

 迎えたのは、対面デスクの住人──朝倉 遥人(あさくら はると)。

 背筋が通った長身に、ブルーのシャツ。癖のない黒髪に冷たい目元。見た目は非の打ち所がないが、口を開けば毒しか吐かない。

「……嫌味ですか?」
「いや、ただのバグ報告だよ」

 凛の右眉がぴくりと動いた。

「それ、昨日のコミット内容にも言いましたよね。‘構文的には正しいけど、動きが思ってたのと違う’って」
「実際違ってたろ?」
「レビューしてもらったあとに直したので問題ないかと」
「つまり、直すまでバグってた。よって報告は妥当」

 ──今朝も通常営業である。

 二人は社内の顔ともいえる精鋭エンジニアコンビ。フロントエンド担当の凛と、バックエンド担当の遥人。要件定義から実装、リリースまで、息を合わせれば社内最速で案件を回す最強ペアだった。

 が──。

「ていうかさ。あれ、非同期処理でわざと挟んだんだよね?ページのチラつき回避のための……」
「そのせいでAPI側、何度も無駄アクセス飛んでたけど?バーストアクセス起こしてんの気づいてた?」
「そっちがキャッシュ忘れてるからでしょ?」
「仕様書どおり実装してただけなんだけどな?」

──とにかく、すぐに火花を散らす。

 お互い、“営業スマイル”の仮面をかぶって、言葉では礼儀正しくやり合うものの、心の中では「コードで勝負しろやクソ野郎」「いつかお前のmargin全部0にしてやるからな」といった熾烈な怒号が飛び交っていた。

 そのやり取りすら、第三者には「息ぴったり」に見えているのだから不思議だ。




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