世界でいちばん長い夜
「お願いです。今夜だけ……、そばにいて下さい」

 精一杯の勇気を振り絞り、私、藤田(ふじた)世那(せな)は、ずっと想いを寄せていた土屋(つちや)さんにお願いした。
 そう、今夜だけ。今夜だけ、あなたを独り占めさせてほしい。
 明日にはいつも通りの私に戻るから……

   * * *

 暑気払いの飲み会の後、私と土屋さんは二次会に流れて行く人の流れからそっと外れて二人きりになった。

 職場恋愛を禁止されている会社ではないけれど、土屋さんは以前、職場で土屋さん女を作らないと公言していた。
 仕事にプライベートを持ち込みたくない、別れた後のことを考えたらそんなリスクを背負いたくないのだろう。
 別れた後も同じ職場で何ごともなく顔を合わせるなんて大人な対応ができないと土屋さんは言う。だから職場では彼女を作らない。それが土屋さんの持論だった。

 土屋さんに好意を寄せる女性たちは、みんな土屋さんに告白しても玉砕している。
 どんなに綺麗な先輩だろうが、可愛い後輩だろうが関係ない。
 そんな土屋さんのことだから、こんなふうに私が告白したところで相手なんてしてもらえない。そう思っていた。

 なのに、私の想像は見事に裏切られた。

「分かった。とりあえずこの流れからは離脱しよう」

 土屋さんはそう言うと、二次会に流れて行くメンバーから少しずつ距離を取り、メンバーに気づかれないようにタクシーを拾うと、私を先に乗せ、隣に乗り込んだ。

「……まで」

 タクシーの運転手に行き先を告げると、私たちは黙り込んだ。
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