見てはいけない恋。 ―オフィスのガラス越しに始まった、誰にも言えない想い―

第一話 「あのふたり、付き合ってる……?」



 

静かな夕方のオフィス。残業の空気が漂う中、私は書類の整理をしていた。ふと目を上げると、会議室のガラス越しに二人の姿が目に入った。

 

――あ、まただ。

 

青いシャツをきっちり着こなしたあの人。社内で噂の営業部のエース、黒澤主任。そして、その目の前に座っているのは経理部の新入社員、白川さん。

 

主任が彼女の前に立ち、かがみこむようにして話している。彼の手が、まるで自然な仕草のように彼女の頭に添えられた。白川さんは少し驚いた顔をして、まっすぐ主任を見つめている。

 

……あの距離、近すぎない?

 

私は息を呑んだ。だって、あれはただの上司と部下の距離じゃない。何か、もっと特別な感情が滲んでいた。

 

主任の指先が、白川さんの頬にそっと触れそうになる。触れた?触れてない?どっち……? 

 

私は慌てて視線を外した。まるで見てはいけないものを覗いてしまったような、そんな気持ちになって。

 

でも、耳が覚えている。主任の声は低くて優しくて、たまにあの人だけ特別なトーンになる。

 

白川さんが頷くと、主任の表情がわずかに緩んだ気がした。口元に浮かぶ、あの微笑。

 

――ああ、やっぱり。

 

私は心の中で小さく頷く。

 

きっと、あの二人はもう、とっくに気持ちが通じ合ってる。たとえ誰にも言ってなくても。誰にも見せていなくても。

 

ふと、白川さんが主任の手にそっと触れた。まるで「ありがとう」とでも言うように、あたたかく、柔らかく。

 

見なかったふりをしよう――そう思った。

でも、少しだけ心がざわめいた。

私も、あんなふうに誰かと通じ合える日が来るのかな……。

 

そう思いながら、私はデスクに戻って、作業を再開した。

でも、心の中ではまだ、あのふたりの静かな空気が、ふわりと残っていた。
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