見てはいけない恋。 ―オフィスのガラス越しに始まった、誰にも言えない想い―
第二話「噂の気配」
「ねえ、聞いた? 黒澤主任と白川さん、最近仲良くない?」
休憩室の空気が、ざわついていた。
コーヒーを注いでいた手を、私はほんの少し止める。背後から聞こえる同僚たちの会話に、耳が勝手に反応する。
「営業と経理だし、普通に仕事の話じゃない? 主任、誰にでも優しいし」
「でもさ、この前見ちゃったんだよね。会議室でふたり、めっちゃ近くて……こう、頭ぽんぽん?って」
私はドキッとする。
……やっぱり、あの瞬間は私だけが見ていたんじゃなかったんだ。
カップに手を添えたまま、私は思い出していた。
数日前、夕方の会議室で見たあの光景。
あの距離感、あのまなざし。
それがただの上司と部下のやりとりだとは、どうしても思えなかった。
「白川さんって、地味だけどかわいいよね」
「うん、なんか守ってあげたくなる系?」
「主任、意外とそういうタイプに弱かったりして~」
言葉が、ざわざわと私の胸に染み込む。
でも、なんだろう。噂話のはずなのに、少しだけざらついた感情が喉の奥に残る。
――私は何を期待してるんだろう。
主任でも、白川さんでもない。ただの「同じオフィスの一社員」でしかない私が。
コーヒーを持って、自分の席に戻ると、デスクに向かっていた白川さんと目が合った。
ふっと、笑みが返ってくる。
――何も知らない、無垢な微笑み。
その笑顔を見て、私は思った。
ああ、もしかしたら、彼女も気づいてないのかもしれない。
自分が、主任にとってどれほど“特別”な存在になっているのか。
私は目を伏せ、息を吐いた。
まだ何も始まっていないようで、もう何かが始まっている。
そんな恋の予感を、私はただの「傍観者」として感じていた。