見てはいけない恋。 ―オフィスのガラス越しに始まった、誰にも言えない想い―
第四話「目を逸らせない理由」
気づけば、また彼女を目で追っていた。
経理部の席で、真剣にモニターと向き合っている白川の横顔。細く整った指先がキーボードを叩くたび、その仕草が静かに胸の奥に触れてくる。
最初に意識したのは、いつだったか。
たぶん、あの雨の日。ずぶ濡れで出勤してきた彼女に、タオルを貸した時。
「ありがとうございます」って言いながら、うれしそうに笑った顔が、頭から離れなかった。
あれから、何かが変わっていった。
無理に話しかけてるわけじゃない。ただ、気がつけば、彼女の手が足りないときには声をかけていたし、つい細かく仕事のフォローをしてしまう。
――俺だけが特別扱いしてるつもりは、ない。
……でも。
「白川」
呼んだ瞬間、彼女が小さく肩をすくめて立ち上がる。その様子すら、どこか愛おしいと思ってしまう自分がいる。
会議室に入ると、彼女は静かに資料を差し出した。
「この見積もり、修正しました。確認をお願いします」
視線を合わせると、彼女のまつげがわずかに揺れる。
ああ、まただ。
彼女は俺のことを、少し怖がってるような、でも、距離を置ききれない目で見てくる。
その矛盾に、時々胸が締めつけられる。
「……いいよ、ありがとう。丁寧にやってくれてる」
「……主任」
ふいに、名前を呼ばれた。
その声が、少しだけ震えていた。
言葉の続きはなかった。でも、彼女の目が、何かを伝えようとしているのを感じた。
俺は、どうしたらいい。
一線を越えれば、全部壊れるかもしれない。
でも、黙って見過ごせるほど、もう冷静じゃいられない。
気がつけば、手が動いていた。
彼女の髪に、そっと触れた。
指先に伝わる、体温。
彼女が戸惑いながらも目を逸らさないのを見て、心の奥が揺れた。
「……白川」
その先の言葉を探していたとき。
ガラス越しに誰かの気配を感じて、ふと視線を上げる。
――ああ。
経理部のあの社員。彼女が、こっちを見ていた。
すぐに目を逸らされたけど、たしかに目が合った。
何かを察したような瞳だった。
彼女も、気づいてるのかもしれない。
この気持ちに、まだ言葉を与えていない、俺たちの“関係”に。
* * *
席に戻っても、胸の奥のざわめきは消えなかった。
白川への気持ち。
そしてもうひとつ――
こちらを見ていた第三者の視線が、どこか引っかかっている。
俺の行動は、正しいのか?
彼女を守りたいと思っているこの気持ちは――誰のためのものなんだろう。