彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない

過去を取り戻すために

 私を車に乗せた彼は、私の顔を見て言った。

「さあ、答えて。言わないなら、もう一度唇に聞こうか?ここは素直だったからね」

「……ん……」

 噛みつくようなキスが落ちてきた。彼の香り、懐かしいキス。また私は自分から欲しがってしまった。

 彼はそれを待っていたのだろう。私の顔を両手で固定し、深いキスを仕掛けてきた。

「……ん……あ……」

 彼が離れた。

「さあ琴乃……答えて」

 私は両手で顔を覆って黙って下を向いた。顔を見られたくない。きっと私の目には彼が好きだと隠し切れない答えが出てる。

 彼は黙ってエンジンをかけて車を走らせた。寮とは反対方向に向かっている。どういうこと?

「玲さん、どこに向かっているの?」

「どこかな?」

 見慣れた白亜のホテルが見えてきた。

「……スワンホテル……」

「琴乃が答えをじらすから、君を素直にする方法しか思いつかない」

「だって……あの時は別れるしかなかったの……帰国真直だったし、このままじゃ無理だし、玲さんを不幸にしてしまうと思ったの!」

「君は全くわかってない。君にフラれてこの一年……僕は不幸のどん底だった。自分を失いかけた。こんなことは初めてだった。誰かさんが僕を問答無用で切り捨てたからだよ」

「……玲さん!」

 私は驚いて彼を見た。燃えるような目が私を射抜いた。ホテルの駐車場に入り、彼は黙ったまま車を降りた。

 そして私の座る助手席のドアを開けた。躊躇している私の腕を引いて、肩を抱き寄せ、おでこにひとつキスを落とした。

「周りは関係ない。君の気持ちが聞きたいだけだ。答えを口にできない君のために、感情を振り起こして迷いを払拭しよう。そしてすべてを取り戻す」
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