彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない

恋の予感とブレーキ

 その夜。私はホテルのベッドでミュージカルのチケットとチラシを見ながら藤堂さんのことを考えていた。

 彼の女性関係などプライベートは一切聞いていないが、あの美貌と外交官という職業を考えると、彼女がいないとは思えなかった。エスコートも自然だったからだ。

 彼は私と趣味が同じで一日話していても飽きない。とても楽しかった。

 もし彼のような人と交際できたら毎日楽しいだろうと夢みたいなことを思い描いた。でもすぐに頭を振って考えを捨てた。

 彼はこの国に住んでいる外交官。私とはもう接点がないだろう。

 シンデレラの魔法は明日までだ。

 * * *

 翌日、時間通りに下へ降りると、藤堂さんがホテルラウンジでお茶を飲んでいた。長い脚を組んで座っている。

 私に気づいたのか、フッと笑って立ち上がった。その笑顔を見ただけでどきっとした。

「おはよう」

 今日はウインブルドンの時と同じようなスタイルだった。髪もラフにおろしていて、昨日とは違う。

 しかしやはりイケメン。普通の日本人より背が高いので、イギリスにいても見劣りしない。見慣れてきたはずなのに、見る度に見惚れてしまう彼の顔。

 好きになってしまいそうで急ブレーキを心の中で踏んだ。海外にいる人とは恋愛は無理。お母さんが絶対に反対する。

 私はドキドキする胸を抑えて、目をつむって自分に言い聞かせる。

「具合でも悪いの?」

 彼は側に来て、私の背中に手を当て、膝を折って私の顔を覗き込んだ。

「あ、いえ、大丈夫です。おはようございます」

 作り笑顔で答える。心配そうな彼の顔が目の前にあり、心が痛んだ。そして今日の彼も本当に素敵だと思ってしまう。

「そう?無理はしないでいいからね。三日前も来てすぐウインブルドンにいたし、疲れてるんじゃないの?」

「いいえ、元気です!行きましょう!ってどこに行くんでしたっけ?」

 彼は顔を抑えてくっくっと笑っている。

「蔵原さん、面白いなあ……ウインブルドンで行きたいって言ってたウエストミンスター寺院の予約が取れた。早速行こうか」

「本当ですか?嬉しい!ありがとうございます」
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