彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない

話せない事実

 玲さんが帰国している!私は送別会の帰りに電車で携帯を確認して驚いた。しかも、自宅へ訪ねてしまったと書いてあった。

「うそでしょ、どうしよう……」

 玲さんに会えなくて悲しいということよりも、お母さんのことを考えて頭が真っ白になった。

 お母さんにはイギリスの話をほとんどしていない。

 帰ってきたあの日、やはり海外のことを話すと具合が悪くなるとわかり、結婚式の話もあまりしていない。写真も見たがらない。

 彼は年末には帰ってくると言っていた。その時に、話そうかと思っていた。

 彼とはほとんど毎日メールのやりとりをしている。声も週に二度くらいは聞いている。

 遠い海の向こうだが、顔を見たいと彼に言われて、すっぴんなのに、何度もビデオ通話させられている。

 どんどん好きになる。手を触れていないけれど、彼を感じる。

 街中の仲のいいカップルを見ると、無性に玲さんに会いたくなって、彼の胸に飛び込みたくて恋焦がれるときもある。

 別れたくないという気持ちがあって、お母さんのことは見て見ぬふりをしてきた。

 翌朝。

 仕事に出る前、お母さんの部屋を覗いた。

「琴乃」

「お母さん。おはよう」

「昨日藤堂さんって男性が夜遅くにあなたを訪ねてきたの。その人はイギリスで会ったとかいっていたけど、お母さんは知らなかったから困ったわ。変な人かと思ったのよ。一体どういう知り合いなの?」

「色々お世話になった人なの。一度目は日本、次は旅先で偶然出会って、観光につきあってもらったの。彼、外交官だから英語が堪能でね、助かっちゃった」

「外交官って……そうだったのね。妙にしっかりした人で、お土産も頂いたわ。でもあなたにも連絡せず突然あんな時間に訪ねてくるなんて、ちょっと非常識じゃない?びっくりしたのよ」

「私を驚かせたかったのと、会う時間が作れるかわからなかったようなの。仕事が忙しいみたいだから……」

「わざわざあんな時間に訪ねてくる関係なの?あなたに内緒で?」

「ごめん、お母さん。時間がないから帰ってから説明する」

 私は逃げるように部屋を出た。
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