彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない

玲side2

 二年前に昇格してからとても忙しくなり、日本へ帰国しても彼女との時間をゆっくりもてなくなった。

 彼女の実家に送って行った正月以来、あちらに行くことはなかった。

 どこかそっけない態度の彼女のお母さんには、最初にお目にかかった時から不安があった。

 しばらくして琴乃からお母さんの病気のことを打ち明けられた。

 僕との交際がどれほど琴乃に負担を強いていたのか、ようやく分かった。僕との交際を知って発作を起こしたとも聞いた。

 ただ、海外との遠距離だし、交際といってもほとんどが会えないものだ。だから、彼女のお母さんは僕の姿さえ見えなければ落ち着いているらしい。

 日本への勤務は時間の問題だった。僕は琴乃に戻り次第プロポーズするつもりだったし、本気だということを誠意をもって見せればきっと大丈夫だと思い込んでいた。

 「藤堂君。その後どうかな?昇格して忙しくなったようだね。でも君には期待しているよ。欧州の会議も今回は君に参加してもらうことになった」

 野原参事官が現れた。僕の昇格を後押ししたと言う。頼んでもいないのに、余計なお世話だ。正直、この人の後押しは別な意味で迷惑になる可能性が高かった。

「忙しくてつぶれそうです。分不相応だったんだと思います。でも会議は大使にもご助力頂き、根回しをしたうえで参加しますので大丈夫だと思います」

 欧州局の会議で来週フランスに行くこととなった。ベルギーの領事館にも別で仕事があり、この際まとめて一週間出張で回ることになった。

 そのせいで、今ある仕事を片付ける必要が出て、恐ろしく忙しくなった。寝不足だ。琴乃にも連絡がまともにできていない。

 参事官は僕の横にきて、小さい声で言った。

「原口日奈さん、どうやらカンヌに手ごたえがあるらしい。今回はあちらの作品だから、公開は日本が後になる。賞を獲るとさらに盛り上がるだろうな。君が取り持ったこの間のBBC取材も好評だ。彼女はイギリスの映画にも出ることになった。文化外交面でさらに忙しくなるぞ」

 ポンポンと嬉しそうに僕の肩を叩いた。

 日奈は想像以上に成功している。演技力もそうだが、元々大学時代に同じ外国語学科で英語もそこそこ堪能だった。

 彼女はフランス語も多少できる。海外志向はあの頃からで、成功を喜んでやるべきなんだろう。
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