彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない

第四章 君を逃さない

 今は七月。

 学校は夏休みに入り、夏期講習が始まっている。ようやくこの新しい生活にも慣れてきた。寮暮らしも快適だ。

 今日も二限目の授業が終わり、私は講師室に戻ると結んでいた髪を下ろした。やはり、教師は緊張する。

 多くの人の目が自分に注がれているのでどうしても身体がこわばる。授業が終わった後、長い昼休みには髪を下ろして自分を解放するのだ。

 後ろから声がする。

「おい、蔵原。一緒に昼めし出ないか?」

 そこには日に焼けたスポーツ刈りの男性が立っていた。佐田君だった。

「うん」

 彼の車に乗ってビジネス街を通り抜けた。

 少し予備校から離れたのだ。学生と会うようなところで食事をすると、色々と噂になって面倒だ。すぐに彼らは変な噂を流す。SNSも馬鹿にできないのだ。

 ここなら少し遠いので、学生はいない。ビルの地下にある洋食屋さん。車を駐車場に停めて、店に入る。

 ビジネス街が近いので、オフィスの女性やスーツ姿の男性が多い。そうは言っても、講師だから私達もスーツ姿だ。見劣りはしない。

「佐田君。なんかお休みどこか行ったの?ずいぶん日に焼けてるわよ。どこからどう見てもこれじゃ体育教師にしか見えないわよ。まさか、これで現代文の教師だなんて誰も思わないわ」

「失礼な。週末もあいつらとテニスしてきたからな。みんなお前に会いたがっていたぞ。あ、転職理由は何も話してないから安心しろ」

 私はびっくりして、水を飲む手を止めた。

「えー!どうして話しちゃうのよ!話さないでって言ったじゃない」

 佐田君は頭をかきながら苦笑いをした。

「ごめん、やっぱり自慢したかったんだ。あいつら最近さ、彼女の自慢話とかすごいんだ。俺に彼女はいないけど、俺を頼って『マドンナ蔵原』が来たんだぞってつい口が滑った。大丈夫、口止めしてるからさ」

「……もう……」
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