月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
辺境の生活
馬車が王都を離れてから、どれほどの時が過ぎただろう。
石畳の道がいつしか土の道へ変わり、やがて両脇を覆う森が深くなっていった。
窓の外には、雪をかぶった針葉樹の森が果てしなく続いている。吐く息は白く、肌に触れる空気は刺すように冷たい。
王都の陽光に慣れた身には、この寂寞とした風景はまるで異国のよう。しかし、エミリアは不思議と恐れを抱かなかった。むしろ胸の奥が少しずつ軽くなっていく。
(私はもう、何者でもないんだわ)
国の安寧を願って祈りを捧げる重責は解かれた。誰かの妻としてではなく、聖女としてでもなく、今ここにいるのはただのエミリアだ。
それだけで、こんなにも自由に感じられるとは思わなかった。何者でもなくなることが不安だったのが嘘のよう。
ただ、気がかりもある。
(神殿に仕える人たちの祈りによって、遠い昔に張られた結界は守られてきたけど、これからどうなるんだろう)
モルテン王国は、四方を魔獣が住むとされる土地に囲まれた国である。他国からの侵略がない反面、魔獣の脅威に備えなくてはならない。
ルーベンは神殿の加護も受けないと言っていたが、果たしてその結界の効力は永続的なものなのか。エミリアにはわからない。
今向かっているミカエル領はモルテン王国の最北にあり、すぐ隣には魔獣たちが住んでいる。