冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
第十章 傲慢令嬢ヒストリアの救済証明
結界という糸口
ヒストリアはエリザベートから受け取った時計を握り締めていた。
時を静かに刻む懐中時計の音が波打つように静かに空気を揺らす。
フランドール侯爵家の紋章の入ったこの時計を、たった一度だけヒストリアは触れた日を思い出していた。
確かその時は、母の形見をどうしても見たいと我儘を言って父に強請り、無理やり姉から取り上げてもらった気がする。
エリザベートは父に従ったが、ヒストリアがべたべたと触って眺めている間、張り付けた笑みの奥でじっとりとした感情が向けられていた。
嫌だった、などという安易な言葉では片付けられない不快と苛立ちが混じるものだった。
まさかエリザベート自ら貸そうとする日が来るとは。
ふと、アリアがヒストリアの手元を見て言った。
「当主に受け継がれる時計ですか……エリザベート様がいつも大切に持っていたものですね……」
「知っているの?」
どうやらアリアの方がヒストリアよりもよほどこの時計の価値を知っているのかもしれない。
アリアは頷き、それから静かに言った。
「はい。エリザベート様がそれを持ち出す時はいつも弱音を吐いていたので……印象に残っています。きっと私が聞いてないと思っていたのでしょう」
ユリアンが以前、洗脳されていても意識は浮上すると言っていたのをヒストリアは思い出した。
外に向けて吐き出せないことをこの姉妹には吐露していたのか。
「姉が、弱音……エリザベートが……」
追放されてからというもの、ヒストリアは怒涛の如く雪崩れ込む自分の知らないエリザベートの一面に覆いつくされている真っ只中だ。
零れた言葉は違和感からというよりも、また知らないことを見つけたという意味合いだった。
「変ですか?」
アリアの純粋な問いに、ヒストリアは首を振った。
「いえ。今まで姉は鋼の心を持っているのじゃないかとすら思っていたから……最近驚かされることばかりなのよ……」
「……そうでしたか……――私もエリザベート様のように寂しくなった時は母の指輪をよく握っていました」
誰でもそういう時はあるのだと、そう言いたげなニュアンスで紡がれた。
刹那、ヒストリアは瞬き、あっと小さな声が出た。
「指輪といえば、失くしてしまったとユリアンが言っていたわ……戻ったら一緒に探しましょう」
しかし提案したものの返事はない。
代わりにアリアは無言のまま驚いた表情を浮かべていた。
「……なに?」
「いえ……その、……ルーメンの影響でしょうか」
「え……?」
唐突に出てきた名に、ドキリと胸が鳴る。
「以前と少し違う雰囲気ですので……」
”少し”というのが言葉を濁すためのように用いられているような気もしたが、アリアは表情を和らげたあとヒストリアに向かって続けた。
「彼は新たな視点を与えてくれる人ですよね」
そうに違いないと見抜いている言葉は、共感者を得た人間の喜びのような温度が感じられたが、ヒストリアはどこか胸がざわついてしまう。
特別に世話を焼かれたのは自分だけじゃない。
経験があるから紡がれる言葉だと気付いてしまったからだ。
「――でもまさか、ヒストリア様と一緒に現れるとは思いもしませんでした。ルーメンは困った事があれば助けるなんて私達に言ってたので……きっとユリアンは本気にしてしまったんでしょうね……それで、ヒストリア様まで巻き込んでしまっている……違いますか?」
アリアは理性的な瞳を少しだけ揺らし、ヒストリアに訊ねた。
自分を助けにきた二人を見て悟ったのだろう。自責の念ともとれる物憂げな表情だった。
アリアの中ではきっと様々な憶測が飛び交っている。
「被害者のあなたを巻き込むべきじゃなかったのに、私達のせいで……」
「違うわ。ロイドは私の義兄よ、あなた達にしたことを知って許しておけない」
「ではエリザベート様のことは……?」
舵を切るようにいきなり問われ、ヒストリアは僅かに目を見開いた。
それから眉を歪め溜息を零す。
「許せるほど、まだ知らないし……というか、姉妹揃ってエリザベート、エリザベートって。捕らわれていたくせに好きなの?」
どうもこの姉妹はエリザベートに対して肩を持つ傾向が伺える。
ヒストリアはわざと視線を眇めては首を軽く傾げた。
するとアリアは顔を曇らせて声のトーンを落とす。
「いえ。そういうつもりでは……でも、とても一言で表現できるようなものではありません……」
重い声は、ヒストリアの胸に落ちた。
今のヒストリアもまたエリザベートに対する感情はとても一言では言い表せない。
しかし今はその姉を頼っている。
自分たちに出来るのは情報を整理して待つ事だ。
「ーーアリア、ユリアンがいまどこにいるか分かる?」
「はい。試してみます」
アリアが両手を広げると探知魔法が目の前で展開される。
ヒストリアの頭上には光の粒が集まり巨大な地図が現れた。
「あそこね……」
王城まではまだからは遠い。
その暫くのち、ヒストリアは目を瞠った。
ユリアンの印が動いていないのだ。
「ほとんど動いてないわ……一体何が起きているの……」
その答えは、不幸にもヒストリア達の作戦をなし崩しにする衝撃のものだった。
時を静かに刻む懐中時計の音が波打つように静かに空気を揺らす。
フランドール侯爵家の紋章の入ったこの時計を、たった一度だけヒストリアは触れた日を思い出していた。
確かその時は、母の形見をどうしても見たいと我儘を言って父に強請り、無理やり姉から取り上げてもらった気がする。
エリザベートは父に従ったが、ヒストリアがべたべたと触って眺めている間、張り付けた笑みの奥でじっとりとした感情が向けられていた。
嫌だった、などという安易な言葉では片付けられない不快と苛立ちが混じるものだった。
まさかエリザベート自ら貸そうとする日が来るとは。
ふと、アリアがヒストリアの手元を見て言った。
「当主に受け継がれる時計ですか……エリザベート様がいつも大切に持っていたものですね……」
「知っているの?」
どうやらアリアの方がヒストリアよりもよほどこの時計の価値を知っているのかもしれない。
アリアは頷き、それから静かに言った。
「はい。エリザベート様がそれを持ち出す時はいつも弱音を吐いていたので……印象に残っています。きっと私が聞いてないと思っていたのでしょう」
ユリアンが以前、洗脳されていても意識は浮上すると言っていたのをヒストリアは思い出した。
外に向けて吐き出せないことをこの姉妹には吐露していたのか。
「姉が、弱音……エリザベートが……」
追放されてからというもの、ヒストリアは怒涛の如く雪崩れ込む自分の知らないエリザベートの一面に覆いつくされている真っ只中だ。
零れた言葉は違和感からというよりも、また知らないことを見つけたという意味合いだった。
「変ですか?」
アリアの純粋な問いに、ヒストリアは首を振った。
「いえ。今まで姉は鋼の心を持っているのじゃないかとすら思っていたから……最近驚かされることばかりなのよ……」
「……そうでしたか……――私もエリザベート様のように寂しくなった時は母の指輪をよく握っていました」
誰でもそういう時はあるのだと、そう言いたげなニュアンスで紡がれた。
刹那、ヒストリアは瞬き、あっと小さな声が出た。
「指輪といえば、失くしてしまったとユリアンが言っていたわ……戻ったら一緒に探しましょう」
しかし提案したものの返事はない。
代わりにアリアは無言のまま驚いた表情を浮かべていた。
「……なに?」
「いえ……その、……ルーメンの影響でしょうか」
「え……?」
唐突に出てきた名に、ドキリと胸が鳴る。
「以前と少し違う雰囲気ですので……」
”少し”というのが言葉を濁すためのように用いられているような気もしたが、アリアは表情を和らげたあとヒストリアに向かって続けた。
「彼は新たな視点を与えてくれる人ですよね」
そうに違いないと見抜いている言葉は、共感者を得た人間の喜びのような温度が感じられたが、ヒストリアはどこか胸がざわついてしまう。
特別に世話を焼かれたのは自分だけじゃない。
経験があるから紡がれる言葉だと気付いてしまったからだ。
「――でもまさか、ヒストリア様と一緒に現れるとは思いもしませんでした。ルーメンは困った事があれば助けるなんて私達に言ってたので……きっとユリアンは本気にしてしまったんでしょうね……それで、ヒストリア様まで巻き込んでしまっている……違いますか?」
アリアは理性的な瞳を少しだけ揺らし、ヒストリアに訊ねた。
自分を助けにきた二人を見て悟ったのだろう。自責の念ともとれる物憂げな表情だった。
アリアの中ではきっと様々な憶測が飛び交っている。
「被害者のあなたを巻き込むべきじゃなかったのに、私達のせいで……」
「違うわ。ロイドは私の義兄よ、あなた達にしたことを知って許しておけない」
「ではエリザベート様のことは……?」
舵を切るようにいきなり問われ、ヒストリアは僅かに目を見開いた。
それから眉を歪め溜息を零す。
「許せるほど、まだ知らないし……というか、姉妹揃ってエリザベート、エリザベートって。捕らわれていたくせに好きなの?」
どうもこの姉妹はエリザベートに対して肩を持つ傾向が伺える。
ヒストリアはわざと視線を眇めては首を軽く傾げた。
するとアリアは顔を曇らせて声のトーンを落とす。
「いえ。そういうつもりでは……でも、とても一言で表現できるようなものではありません……」
重い声は、ヒストリアの胸に落ちた。
今のヒストリアもまたエリザベートに対する感情はとても一言では言い表せない。
しかし今はその姉を頼っている。
自分たちに出来るのは情報を整理して待つ事だ。
「ーーアリア、ユリアンがいまどこにいるか分かる?」
「はい。試してみます」
アリアが両手を広げると探知魔法が目の前で展開される。
ヒストリアの頭上には光の粒が集まり巨大な地図が現れた。
「あそこね……」
王城まではまだからは遠い。
その暫くのち、ヒストリアは目を瞠った。
ユリアンの印が動いていないのだ。
「ほとんど動いてないわ……一体何が起きているの……」
その答えは、不幸にもヒストリア達の作戦をなし崩しにする衝撃のものだった。