冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~

共に生きたい人

あと少し、あともう少しで完成する。
ヒストリアの祈りは結界に通じた。

しかしまだ完全に届ききっていない。
ヒストリアの聖力がシルドバーニュ全体に届ききった時、それは完成する。

結界の袂へ行きつくまで、まだヒストリアは歌う必要があった。

ヒストリアを捕らえた冷徹な瞳は瞬きをせず、静かに距離を詰めてくる。

逃げ場などない。
逃げるつもりもない。

何重にも命令を重ねられているであろう、ルーメンを先に行かせたロイドの思惑に、ヒストリアは少しだけ眉尻を下げた。

アリアは眠る聖騎士から奪っていた剣を、せめてもの牽制として構える。
しかし身構えた瞬間、ルーメンの魔法による風圧で弾き飛ばされ壁に身体を打って倒れた。

そしてヒストリアにも手が翳された。
ルーメンの展開領域に入ったのだ。

その時だ。

「止めろルーメン!ヒストリアはお前が求めた大聖女だろう!」

最上階へ辿り着いたラキュウスの声が響いた。
一瞬、動きが止まった。

しかしそれは声の主を確認するためのものだったのかもしれない。

ラキュウスを静かに振り返るルーメンは、その脚元を見たあと興味を失ったようにヒストリアへと向きなおる。

刹那、銃声が響きルーメンの身体が傾いた。
ラキュウスが打ったのだ。

腕を掠めたそれにヒストリアは僅かに瞳を揺らしたが、動揺を堪え聖力を維持していた。
ラキュウスは吠えるように訴える。

「目的を思い出せ。ここはまだ道半ばだ!セシルの意思を継いだなら、お前がやることはヒストリアを守ることじゃないのか!」

ルーメンのローブの中では腕から指先に血が伝い、滴り落ちる。
咄嗟の銃撃はルーメンの命を狙ったものでなく利き手を止めるためのものだった。

刹那、ヒストリアは結界を繋ぐ道筋のすべてに聖力が届いたのを感じ、ルーメンを見つめたまま胸の奥深くで最後の祈りを施した。


――……私はルーメンと共に生きたい。誰にも捕らわれない。
自棄になっていた私に水をくれた人を、今度は私が守るのだ。


しかしラキュウスの背後からロイドが現れ、気配に振り返る間もなく脚を蹴り上げた。
ラキュウスが体勢を崩すなり、倒れ込んだ先の手首を踏みつけ、銃を遠く蹴り捨てたあとロイドは強い口調でルーメンへと命を下す。

「シリウス!なにしてる、さっさとヒストリアを殺せ!」

しかしルーメンは動かず、双眸を大きく開く。
ラキュウスは怪我を負う身体を無理矢理起こし、腰に下げた剣を勢いよく引き抜いた。

だが、それよりも先にロイドが拳銃を取り出しラキュウスの両脚を撃ち抜く。
「……あんたは生かして王太子殺しの罪を被ってもらう。権力が僕に集中する作り話に変えよう」

銃口を定めたままラキュウスの身体を何度も踏みつけると、ロイドは憎悪に満ちた面持ちで叫んだ。

「聞いてるのか!?シリウス!……たかがヒストリアに、聖女の祈りなどに惑わされるなっ……お前の主人は僕だろうがっ!」


それに触発されるように再びルーメンの掌がヒストリアに向かって翳される。
勢いよく伸びてきた蔦はヒストリアを襲いかかろうとする。

しかし既に祈りを終えたヒストリアは、怯まず声を張り上げ訴えた。

「シリウスじゃないわ……!」

空は再び揺らぎ、今度は線でなく眩いばかりの神々しい光が空を包み込んだ。

首に巻きつこうとする蔦に気道を塞がれないようヒストリアは必死に指を折り曲げ蔦を掴みながらもがく。
ルーメンは苦悶の表情で瞳を瞬き、そして額を抑えている。

きっと声は届いているはずだ。
既に浄化は始まった。
ヒストリアは確信して訴えた。

「あなたの名前はルーメン、私を選んだのはあなた……価値があると何度も言ってくれたっ……私もあなたを選ぶ、目を覚まして……」

ルーメンは、いつも肯定してくれた。
ヒストリアを見放さず優しさを行動で示す人。
清廉潔白なのに、少し理屈っぽく、実は人を揶揄うことも好きで……――

ヒストリアの呼びかけに応えるように、浄化石は一層の輝きは増してゆく。
強化された洗脳も、ロイドの聖者の力と共に今ここで消す。

「ルーメン!」

瞬間、ルーメンの瞳が光を宿し、低く掠れた声でヒストリアを呼び蔦が緩む。



「……――ヒストリア……」


それをロイドは見逃さず、怒気を孕んだ声が響いた。

「っ……脅せば泣き寝入りするかと思えばっ……貴重な魔法使いだが、このまま洗脳が解けるぐらいなら自害しろ、シリウス!」

ロイドは瞬時にヒストリアでなく寝返れば脅威となるルーメンに狙いを変えたのだ。

ルーメンは顔を歪めたが、しかしそれは聖者の声によるものではない。
もうロイドの命令に縛られることはないのだ。

蔦は既にヒストリアから離れており、よろけた身体はルーメンによって肩を支えられる。

そして嫌悪の眼差しをロイドへ向ける。
すかさず拳銃を向けるロイドだったが、凄まじい速さで蔦がそれを弾き飛ばす。
そしてルーメンはロイドの身体を宙に縛り上げた。

「なっ゛……まさかっ…」

無数の蔦によって四肢を拘束されたロイドが驚愕の目でヒストリアを見た。
その身体は直ぐに石畳に叩きつけられる。

「ぐっ……」

激しい衝撃に呻くロイドだったが、剣呑な面持ちのままヒストリアを睨みつける。

「神殿に持て余されていたお前が……まさか僕の力ごと浄化したのか、……あり得ない……」

ヒストリアは拘束されたまま倒れ込むロイドへと歩み、見下ろした。


「もうあなたが奪えるものはないわ……」

眉間に皺を刻み、ヒストリアは唇を震わせ告げた。

「諦めないぞ、……こんな奴に、こんな、出来損ないだったくせ、に゛っ!!」

執念深く暴言を浴びせようとするロイドだったが、ルーメンは眉を顰めてはとうとう蔦で首を縛り上げ気絶させた。



「――……よくやった……ヒストリア……取り戻せたな……」

満身創痍のラキュウスが浅い呼吸をつきながら言った。


その言葉がきっかけか、気付けばヒストリアの目元には涙が浮かぶ。
何の涙かとはとても一言では表せない。

ルーメンを取り戻せたこと、
一族の不和が招いた義兄の愚行、
王家の崩壊を防げたことへの安堵、
――それらすべてが混ざって目頭が熱くなってゆく。


ルーメンは黄金色の瞳をヒストリアに向けると、頬を片手で包み、いつになくまじまじと見つめてくる。
固い掌は擽ったく、頬に伝った涙は指先で拭われる。
ルーメンの視線はまるで何かを確かめているようなものだった。

そのうち首元からヒストリアの指先へと視線は移り、そのむず痒さを覚え始めていた頃、吐息が零された。

「傷つけてしまったな……――すまなかった」

端正な顔に影が落ち、見上げる先には明らかに曇った表情があった。

「だがヒストリア……君のおかげだ。やはり君は――」

ヒストリアは優越感に似た感情を少しだけ覚え口端を緩めた。

「大聖女でしょう。これで皆にも証明できたかしらね」

眩い光に包まれたシルドバーニュの空を、その日誰もが見上げただろう。

「聖印はないけど私はちゃんと大聖女になれた……ただしフリーの、自由な聖女だけど」

ヒストリアはルーメンに向かって微笑み、それから手を取った。

「……さぁ、まだ休めないわよ。アリアを起こして、皆でここを降りましょう。全てが片付いたわけじゃないもの」
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