冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~

明かされた真実、罪の行方

――――眩い光の粒が降り注ぎ、それを見たエリザベートはヒストリアが聖者の力を浄化したのだと分かった。

そして、シルドバーニュの空が白銀に輝いたその日、呪縛から解放されたような気分が身体中に満ちた。複雑に絡み合って動けなくなっていた糸が消えたのだ。
それは結び目を綺麗に解かれたのではなく、力任せに引き千切られたような感覚。

しかしどこか清々しく、安堵していた。

ロイドが無力化されたことで、神殿は手のひらを返したように、これまでの行いに対し言い訳を並べ立てたが、大司教をはじめとした幾名もの神官長らがその日のうちに投獄された。

シェリル王女とロイドの婚礼の儀は中止となり、代わりに貴族や王都の民が集まる場で、ベルナルドは姿を現し国王の死の真相について語った。

それから証拠と共に、これまで王家と神殿が隠していた聖女の破棄制度について公表し、聖女の持つ聖力が永久のものではないこと、瘴気溜まりから生まれる脅威について明かされたのだ。

そして神殿に偏った権力の解体を宣言し、浄化石の普及を訴え、それが今後シルドバーニュだけでなく世界規模で新たな結界の礎となると可能性を発表した。
突然のことに、誰も皆、呑み込めておらず、王家に対する批判や国民の怒りはこれから徐々に表面化してゆくことだろう。

ベルナルドはその場で王位継承を辞退すると公言したが、結局その正規な決定は貴族院や民意に委ねられることとなった。
皆が求めるのならば、ベルナルドはもしかするとこのまま王族として継承するのかもしれない。


幻覚の魔法使いはロイドの敗北を悟ったのか、既に姿を消しており、ユリアンとニッカは幻惑から抜け出し王宮に現れた。

アリアと再会したユリアンがお互いを強く抱きしめあう姿を、エリザベートはただ静かに眺めたのち、それから密かにヒストリアを盗み見た。
深い青の瞳は、エリザベートの視線に気づいたため避けるように逸らしたが、ヒストリアは歩み寄ると言った。

「少し考えたのだけど……姉さんのしたこと、理解できないこともないけど、同情したくないわ……」

ヒストリアらしい、やや上から目線の物言いだった。
しかし、どうやら妹は理解するつもりがあり、そしてエリザベートを姉と呼ぶことにしたらしい。

理解してもらいたいなど期待はとっくに捨てていた。
捨てていたからこうなってしまったのか、少しの疑念を持つ一方でエリザベートは吐息を吐き出すとヒストリアに告げた。

「同情なんて不要よ。そもそも理解なんてあなたに出来るの?私なりの生存戦略を軽く扱わないで欲しいわね……」

自分の信念に則り行動したまでだ。



ロイドに撃ち抜かれたというラキュウスの脚は、医師の診療によると結局全快する見込みはなく、片方は引き摺って歩くことになるという。


――――そして後日、裁判が開かれ、ロイドの処遇が正式に決まった。
幻覚の魔法使いに関する尋問期間を設けたのちの極刑だった。

騒動の発端となったフランドール家については、取り潰しも協議されたが、家督を従兄弟へ譲渡。
父であるガスト・フランドールはロイドによって監禁された空き家で見つかり保護されたが廃人と化していたという。

そしてエリザベート自身は、王妃殺害未遂の罪だけが問われることとなり、身分剥奪のうえ辺境への追放となった。
皮肉にもヒストリアと同じ、ルキリュ領ディート地区へ。

ラキュウスの監視下の元、平民として暮らす事となったのだ。


移送の時間になり、数名の兵士と共に紋章のない馬車に乗り込み追放先へ移動する。
罪人を運ぶ荷馬車は固く、でこぼことした道を行く車輪の激しい振動に身体を揺さぶられながら外を見つめた。

ヒストリアもこうして移動したのだろう。
いや、聖印を焼かれもっと荒んだ気持ちでいたに違いない。

妹に与えた自らの所業を思い返し、罪悪感を押し殺すようにエリザベートは唇を引き結んだ。

あれから移送までの間、ヒストリアは何度かエリザベートが収監された牢を訪ねてきた。
しかし深い話をするわけでもなく、ただその場でひと言ふた言、零しては沈黙が落ちて気まずくなりヒストリアは帰ってゆく。

姉妹喧嘩などと揶揄したが、そんなもの二人とも今さら過ぎて、気力は引っ込んでいたのだ。
そして二人の関係はそのままにディート地区への移送となった。


馬車は止まり、大きく揺れる。
兵士に促されエリザベートは荷馬車を降りることとなった。

エリザベートは深く息を吸って辺境の空を見た。
結界は波を打つように美しく揺らめいている。

「出ろ、案内人が到着している。後の事はその者に訊け」

兵士の事務的な言葉に促され、エリザベートは静かに馬車を降りた。
監視下に置くと言われ、ラキュウスの配下の人間がひとり案内人としてエリザベートを出迎えると言われている。

ヒストリアの時とは違い、大層なもてなしである。
それが誰の慈悲によるものか分からないが、勝手の分からぬ辺境の地で人を手配されたことをエリザベートは心の内で感謝した。


「――ようこそ、ディート地区へ」

殺風景な景色に、低い芯の通った声が響いた。
エリザベートはその案内人へ顔を向けた瞬間、時が止まった。

視界に移る姿が信じられず、双眸を大きく開く。
全身が呼吸をするのを忘れたように固まったまま喉奥に熱いものを感じた。

この隻腕の男は……――きっとベリルだ。
忘れるわけがない。
何年経とうが気付かないわけがないのだ。

しかしこんなことは有り得ない。

「あなた……」

不安と疑念に押しつぶされそうな声は続かず、俯き言葉に詰まる。
そして、ようやく出てきたのは最後にベリルの顔を見た日と同じ言葉だった。

「ごめんなさい……」

「……――なんのことだ?」

俯いていた顔を上げエリザベートはベリルと思わしき男を見上げた。
忘れられているのだろうか。それとも人違い?いや、忘れられたのだ。忘れられて当然だ。

ベリルは「来いよ」とだけ言って背を向けてしまう。
初恋の相手の背が随分と遠く見え、エリザベートは苦い笑みを密かに零した。

しかし後ろをついて歩きだそうとすると足場の悪さによろけてしまう。

「おいおい、大丈夫かよ」

振り返ったベリルはエリザベートの腕を引く。
何年も前に別れた相手は、あの頃よりも背が伸びて、骨格さえも父のジルに似たのか随分逞しいものだった。

エリザベートは見上げ眉を歪めた。
その姿をベリルは少し顎を傾け訝し気に見遣ったのち、大きな溜息を吐き出すと言った。


「暗い顔して遠くばかり見てりゃ、当然躓く……お前が何したかは知ってるぜ。今度は俺を見て歩けよ、エリィ」
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