冤罪で聖印を奪われた令嬢、辺境で本物の大聖女になる ~傲慢令嬢ヒストリアの救済証明~
聖印と二人の未来
事件後、王都のフランドール邸にヒストリア達は滞在していた。
使用人の顔ぶれは以前と変わらずだが、家令であったリュートスについては既に辞職しており、エリザベートを追いかけるつもりだという話を聞いた。
彼はエリザベートがロイドと袂を分けた日に、共にフランドール邸を出ており付き従っていたという。
エリザベートがロイドの元へ居た時は軟禁状態だったようだが、無事に助け出されたもののエリザベートはリュートスと顔を合わせなかった。
連れて出た負目があったのだろうか、エリザベートは無関係を貫き、そして一連の出来事に直接の関係はないと確認されたリュートスは拘留後間もなく釈放された。
晴れて自由の身となったはずだが、しかし母の代から仕えていたリュートスは、従兄弟に引き継がれることになった爵位に関係なくエリザベートを選んだ。
ヒストリアは二人が辺境で無事に再会出来ることを願い、そしてエリザベートを待っているであろうもう一人の顔を思い浮かべた。
ラキュウス曰く、神殿の塔から怪異に飛び乗ったベリルは結果的に生きていた。
仕留める事こそ叶わなかったが怪異を十分引き付けた功績はラキュウスの目に止まり、一連の事件で密接な信頼を築いたベリル達は辺境伯の臣下として登用される事となっている。
今ヒストリアが居るフランドール邸は、諸々の裁判の後処理などが片付けば従兄弟の手に渡り、一家は越してくる予定だ。
それまでの間、ヒストリアとルーメンは浄化石の生成や運用等も含め王宮に呼ばれる場合があるためタウンハウスは都合が良く、留まっているといったところである。
とはいえ実質、エリザベートの移送までは牢に通うことが殆どだったのだが。
ユリアンとアリアも暫くは一緒だったが、二人は暫く留まっていたものの直ぐに旅立ってしまった。
先を急ぐ二人がシルドバーニュで時が止まった時間はあまりにも長すぎたのだ。
明日は、民意によって正式に王位継承が決まったベルナルドとの面会日である。
結局ベルナルドの辞退は退けられ、罪を白昼に晒した誠意を信じ国王として祭り上げられた。他に優秀な候補者が居なかったこともその一因だった。
ベルナルドとの面会を明日に控えた夜、ヒストリアの部屋は静かに二度ノックされた。
扉を開くとそこには明らかに悩まし気な表情のルーメンが居て、バルコニーへと促される。
まだ夜風が涼しく、胸元を閉じるように薄い羽織りを引き寄せる。
それを見たのかルーメンは身につけていた上着を脱いでヒストリアへかけてくれた。
それから重い口を漸く開き、言った。
「ヒストリア……明日は登城するだろう」
「えぇ。殿下に……いえ、国王陛下に面会する予定だけど、それがどうしたの?」
視線を上げるが夜に紛れたルーメンの表情ははっきりとしない。
「そのことなんだが……」
今までにない言葉を濁す口振りにヒストリアは眉根を寄せる。
「なによ……珍しく歯切れが悪いわね」
いつもなら率直な物言いをするのに、どうも切れが悪い。
一体何を考えているのか分からず考えあぐねていると、ヒストリアを向いてルーメンは言った。
「王妃に収まって欲しくない」
「……え?」
双眸を大きく瞬くと、間髪入れずルーメンは並べ立てた。
「オリハルト公爵の邸で再縁の打診を受けていただろう。一度婚約破棄しながら、都合良く君の善意を利用しようと……あの話がどうなっているのか分からないが、俺は到底認められない」
一瞬固まったが、ヒストリアはハッとした。
ベルナルドと二人、荷馬車に揺られた時に既に断っていたが、そのことはルーメンに伝えていなかったのだ。
しかしここまで共に居るのだから、ヒストリアにその気が無いことぐらい伝わっているとも考えていた。
だがどうやら違ったらしい。
「王宮には帰さない、君を連れて行く。もちろん君の気持ちを尊重するが、瘴気の研究にはまだ大聖女が必要不可欠で……」
自論を並べるルーメンにヒストリアは眉尻を下げた。
そして事件以降、触れられていなかった手を取り静かに握り締めた。
すると黄金色の瞳を一度逸らし咳払いしたあと、再びヒストリアを捉えれば手を固く握り返される。
「……いや、違う。俺が君に居て欲しいんだ、ヒストリア……これからも一緒に。だから俺を選んで欲しい」
低く落ち着いた声音が響く。
ヒストリアの答えは当然決まっていた。
「傍に置いて欲しいって、前から言ってたじゃない。私もあなたが良いの」
ーーーー翌日。
王宮にルーメンと二人で登城したヒストリアは、神殿の解体に代わる浄化石の試作運用についての話がなされた。
夜明け前に引きずり出され、聖印を消されたこの場所で今は国の未来について語り合っている。
それからヒストリアは、ベルナルドとの別れ際に気付いた事を言った。
それは二人にだけ分かる言葉だった。
「――最近気付いたのですが、印が消され陛下と姉が私を辺境送りにした時から、きっと選択の自由を与えられていたのかもしれませんね」
ヒストリアが印が消えて、ルーメンと出会った。
ルーメンはこの国の人でなく、自らの意思でヒストリアの前に現れて……そしてその手を掴んだのは、最終的にヒストリアの意思だ。
「きっともう大聖女の印を持つ者は現れないような気がします」
皆が自分で選び続けてきたから、きっと今ここに居る。
因果はもう断ち切れた気がしたのだ。
「では陛下、私達は暫く国を周ります。もしかすると他国に行く事もあるかもしれませんが、その時はご報告いたしますね」
ヒストリアは目を細め、それからルーメンの差し出した手を取りその場を後にしたのだった。
使用人の顔ぶれは以前と変わらずだが、家令であったリュートスについては既に辞職しており、エリザベートを追いかけるつもりだという話を聞いた。
彼はエリザベートがロイドと袂を分けた日に、共にフランドール邸を出ており付き従っていたという。
エリザベートがロイドの元へ居た時は軟禁状態だったようだが、無事に助け出されたもののエリザベートはリュートスと顔を合わせなかった。
連れて出た負目があったのだろうか、エリザベートは無関係を貫き、そして一連の出来事に直接の関係はないと確認されたリュートスは拘留後間もなく釈放された。
晴れて自由の身となったはずだが、しかし母の代から仕えていたリュートスは、従兄弟に引き継がれることになった爵位に関係なくエリザベートを選んだ。
ヒストリアは二人が辺境で無事に再会出来ることを願い、そしてエリザベートを待っているであろうもう一人の顔を思い浮かべた。
ラキュウス曰く、神殿の塔から怪異に飛び乗ったベリルは結果的に生きていた。
仕留める事こそ叶わなかったが怪異を十分引き付けた功績はラキュウスの目に止まり、一連の事件で密接な信頼を築いたベリル達は辺境伯の臣下として登用される事となっている。
今ヒストリアが居るフランドール邸は、諸々の裁判の後処理などが片付けば従兄弟の手に渡り、一家は越してくる予定だ。
それまでの間、ヒストリアとルーメンは浄化石の生成や運用等も含め王宮に呼ばれる場合があるためタウンハウスは都合が良く、留まっているといったところである。
とはいえ実質、エリザベートの移送までは牢に通うことが殆どだったのだが。
ユリアンとアリアも暫くは一緒だったが、二人は暫く留まっていたものの直ぐに旅立ってしまった。
先を急ぐ二人がシルドバーニュで時が止まった時間はあまりにも長すぎたのだ。
明日は、民意によって正式に王位継承が決まったベルナルドとの面会日である。
結局ベルナルドの辞退は退けられ、罪を白昼に晒した誠意を信じ国王として祭り上げられた。他に優秀な候補者が居なかったこともその一因だった。
ベルナルドとの面会を明日に控えた夜、ヒストリアの部屋は静かに二度ノックされた。
扉を開くとそこには明らかに悩まし気な表情のルーメンが居て、バルコニーへと促される。
まだ夜風が涼しく、胸元を閉じるように薄い羽織りを引き寄せる。
それを見たのかルーメンは身につけていた上着を脱いでヒストリアへかけてくれた。
それから重い口を漸く開き、言った。
「ヒストリア……明日は登城するだろう」
「えぇ。殿下に……いえ、国王陛下に面会する予定だけど、それがどうしたの?」
視線を上げるが夜に紛れたルーメンの表情ははっきりとしない。
「そのことなんだが……」
今までにない言葉を濁す口振りにヒストリアは眉根を寄せる。
「なによ……珍しく歯切れが悪いわね」
いつもなら率直な物言いをするのに、どうも切れが悪い。
一体何を考えているのか分からず考えあぐねていると、ヒストリアを向いてルーメンは言った。
「王妃に収まって欲しくない」
「……え?」
双眸を大きく瞬くと、間髪入れずルーメンは並べ立てた。
「オリハルト公爵の邸で再縁の打診を受けていただろう。一度婚約破棄しながら、都合良く君の善意を利用しようと……あの話がどうなっているのか分からないが、俺は到底認められない」
一瞬固まったが、ヒストリアはハッとした。
ベルナルドと二人、荷馬車に揺られた時に既に断っていたが、そのことはルーメンに伝えていなかったのだ。
しかしここまで共に居るのだから、ヒストリアにその気が無いことぐらい伝わっているとも考えていた。
だがどうやら違ったらしい。
「王宮には帰さない、君を連れて行く。もちろん君の気持ちを尊重するが、瘴気の研究にはまだ大聖女が必要不可欠で……」
自論を並べるルーメンにヒストリアは眉尻を下げた。
そして事件以降、触れられていなかった手を取り静かに握り締めた。
すると黄金色の瞳を一度逸らし咳払いしたあと、再びヒストリアを捉えれば手を固く握り返される。
「……いや、違う。俺が君に居て欲しいんだ、ヒストリア……これからも一緒に。だから俺を選んで欲しい」
低く落ち着いた声音が響く。
ヒストリアの答えは当然決まっていた。
「傍に置いて欲しいって、前から言ってたじゃない。私もあなたが良いの」
ーーーー翌日。
王宮にルーメンと二人で登城したヒストリアは、神殿の解体に代わる浄化石の試作運用についての話がなされた。
夜明け前に引きずり出され、聖印を消されたこの場所で今は国の未来について語り合っている。
それからヒストリアは、ベルナルドとの別れ際に気付いた事を言った。
それは二人にだけ分かる言葉だった。
「――最近気付いたのですが、印が消され陛下と姉が私を辺境送りにした時から、きっと選択の自由を与えられていたのかもしれませんね」
ヒストリアが印が消えて、ルーメンと出会った。
ルーメンはこの国の人でなく、自らの意思でヒストリアの前に現れて……そしてその手を掴んだのは、最終的にヒストリアの意思だ。
「きっともう大聖女の印を持つ者は現れないような気がします」
皆が自分で選び続けてきたから、きっと今ここに居る。
因果はもう断ち切れた気がしたのだ。
「では陛下、私達は暫く国を周ります。もしかすると他国に行く事もあるかもしれませんが、その時はご報告いたしますね」
ヒストリアは目を細め、それからルーメンの差し出した手を取りその場を後にしたのだった。

