砂上の城〜秘密を抱えた少年の数奇な運命
変わらぬ想い
森の奥は静かだった。人の気配はなく、風に木々がそよぐ音や鳥のさえずりが心地よく聞こえてくる。
ーーここは…昔、よく馬を走らせた森に似ている。
夢中で風を切りながら走ったあの森に。
時には悩みを吹き飛ばすように、時には愛しい人に会いに行くために。
あの森の中を走るときは、いつでも本当の自分の気持ちに素直でいられた。
思い出が、やり場のない悲しみを連れてくる。
カインはアベルの全てだった。人質としてブリュオーにいても、いつかカインに再び会うことを希望にして耐えていられたというのに。
悲嘆に暮れたアベルはひときわ大きな木を見つけると、ガンと拳でその幹を叩いた。硬いその幹はアベルの拳などものともしない。何度も何度も打ち付けているうちにアベルの拳のほうが傷つき、血も滲んできた。
ーーやはり間違いだったんだ。
あのとき、兄王に逆らって王家を追われてもカインから離れてはいけなかった。
フォトキナのためを思ってブリュオーに行ったというのに、結局フォトキナはさらに弱体しただけ。
俺はカインを失った。
もう残るは愛しい我が子だけ。
アルスのためにこれからどうしたらいいだろう。少なくとも、このままブリュオーで幼い姫の婚約者という立場で息を潜めていては埒が明かない。
どうしたらいい、どうしたらいいんだ、カイン。教えてくれ。
お前への愛情が行き場を失って体を焼き尽くしそうだ。