突然、あなたが契約彼氏になりました
第三章
 大河の死後、菜々がインスタにあげる画像のほとんどが公園や町で見かける猫である。子供の頃から菜々は猫派だ。

 亡き夫も猫が大好きだった。今も、菜々は自宅でも夫が道端で拾ってきた猫と共に暮らしている。つまり、猫まみれの日々なのだが、小塚のせいでリア充自慢なものへとチェンジしている。

 土曜日。お洒落なレストランでランチを楽しむ菜々のテーブルの向こうには連れが座っている。男の顔こそは映っていないが、古ぼけた腕時計と左手の甲の傷で小塚と分かる。

 子供の頃に転んで怪我した傷で十二針も縫ったらしい。このエピソードは経理部の女子が聞いた事がある。

(小塚さんは匂わせ方が上手いわ。写真、一人で撮ったのかな?)

 菜々はその場にいないというのに、次々とデートの様子が更新されていく。

『美味しそうなクロワッサン☆ 大切な友人は、まだ寝惚け顔でした☆』

 日曜の朝。某有名ホテルの朝食の写真が投稿されていた。菜々になりきって、そんなコメントを小塚が書いているのだが、読み手をイラッとさせるあざと可愛いさが随所に光っている。

 実際には、菜々と小塚は肉体関係など結んでいない。しかし、すべて、巧みに匂わせる事で読み手の好奇心をグイグイと押し上げるようにして刺激している。

『ドライブ日和』

 祭日、小塚は菜々と海辺へと向かった事になっている。この十日の間、小塚は菜々といかにラブラブであるかを見せ付けるようにして写真をアップしている。

 徳光さんには小塚のやろうとしている事が分かるらしい。徳光さんは得心したように微笑んで肩を叩いている。

「おはよう。菜々、小塚とラブラブのインスタを見たわよ。いい感じで煽ってるじゃないの。小塚って凝り性よね」

「言っておきますけど、あれはフェイクですよ。会社の女子達が完全に誤解しています。みんなの視線が痛いです……」

 彼氏自慢をするうざい奴だと叩かれて、菜々としてはトホホな気分なのだ。

「正義のためよ。犯罪者を野放しにしておけないもの」

「おかげさまで、最近は、あたしにアプローチしてこなくなりました」

「あらやだ。油断は禁物よ。あたしと小塚の推理が正しいとするならば、田中は、また、あなたに迫ってくるわよ」

「ええーっ、徳光さん達、一緒に推理しているんですか」

「ええ、こないだからバディを組んだの。あたしはワトソンで彼はホームズってところかしら。あなたのママが漫画家って事を聞いたわよ。水臭いわね。あたし、先生の大ファンだったのよ。今度、先生の御宅、見せてね。いや、そんなことより、気をつけて。樹理って男は、あなたに荒っぽい真似をするかもしれないわよ。ヒヤヒヤしちゃう」

 それを聞いてゾッとした。燃え盛る女心を絶叫する天城越えの歌詞が脳裏を過ぎる。

(あたし、ゲイの方達の痴話げんかに巻き込まれるのは困るんですけど……)
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