幼馴染御曹司と十日間の恋人契約で愛を孕んだら彼の独占欲が全開になりました
夢と想い出
 ホテルでの夜明けに夢を見た気がする。

 電車に乗りながら、少しくたびれた顔をしている沙也こと伊月(いつき) 沙也は、考えるともなしに思った。

 眠りはだいぶ浅かったから、それで奇妙な夢が生まれてしまったのかもしれない。

 昼前の電車は、がらんとしていた。

 だって今日は平日。いくらここが東京都、ど真ん中の都会だといっても、平日昼間ならひとは数えられるほどしか乗っていない。

 もちろん席に座れて、横に長い座席の一番端に腰掛けて、沙也はぼうっと向かいの窓から見える景色を見つめる。

 丸くてかわいらしい目元は普段、生き生きとしているのに、今はだいぶ憂いを帯びていた。

 シンプルなワンピースに、軽い羽織りものを着た私服姿だ。長い髪もおろしたままである。

 OLの沙也は、本当なら普通は仕事に行っている曜日と時間。

 昨日と今日は有休をもらったのだ。特別な日だったから。

 夢のような二日だった。

 それはもう、今朝でおしまいになっていたけれど。

 座席に座った沙也は外を見ていた。だが目に映っていたのは窓の外の、なんでもない街中の風景ではない。

『沙也!』

 快活で、やや低音で、でもとても優しい響きを持った声。昨夜、沙也を熱い声で呼んできたひとの声だ。
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