忘れられない恋

偽者の悪魔




樹木が紅、黄色く色づきだした秋のこと、私に久しぶりの恋が到来する。


「お姉さん、下の名前は?」

「松江の人?」

「いくつ?」



仁くんとの恋が終わってから、誰も私に近寄って来なかったのに、やたら私に興味を抱く男性客。



私のことを知りたがることに少し抵抗を覚えたが、次第に彼のジョークや話術の巧さ、距離の縮め方に私はのせられてしまっていた。



「結空ちんはたけのこ派、それともきのこ派?」

「俺もたけのこ派。あれ、気づいたら指まで舐めてるもんね」

「たけのこの里の大食い選手権的なやつあったら、俺たぶん優勝するよ?無限に食えっから!」




私は店員、彼はお客様。



知っていることは歳が同い年で、名前が崎濱北斗《さきはま ほくと》、後はたけのこの里派ということだけ。



私は彼がさっき記入した個人情報を頼りに、店員として愛想するだけで、自分から踏み込もうとはしなかった。





次第に店員とお客様という関係だった線引きが薄く消えかかっていく。





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