狂愛メランコリー

第6話 Borrowed Time


 いっそう真面目な表情を浮かべた蒼くんは、掴まれた腕とわたしを見比べて惑っているようだった。

「なに……? どういうこと?」

「わたし、殺されるの。隣のクラスの向坂くんに」

「え?」

「実際にもう何度も殺されてて、そのたびに時間が巻き戻る。……“今日”は初めてじゃない。もう生きたの」

 蒼くんは気圧(けお)されたように黙り込み、ただじっとわたしを見つめていた。真剣さを測るみたいに。

「ちょっと、待って。本当に言ってる?」

「本当。こんな嘘つかないよ……!」

 訴えかけるように見返したけれど、彼は困ったように笑って首を傾げた。
 信じられない、と言わんばかりに。

 それが普通の反応なのだと思う。
 否定されないだけまだましだ。

 わたしだってクラスメートから突然こんな相談を受けたら、からかわれていると思うはず。

 でも、だからって彼の協力を諦めるわけにはいかない。
 きっと、いま頼れるのは蒼くんしかいないから。

 わたしは小テストの勉強をしている女の子の方を指し示した。

「見て。もうすぐあの子の消しゴムが落ちる」

 果たしてその言葉通り、袖が触れて机の上を滑った消しゴムが床に落ちた。

 それを目の当たりにした蒼くんは、驚いたようにわたしを見やる。

「すごい。何で分かったの?」

「言ったでしょ……? わたし、今日はもう何度も生きてるの」

 実際に教室の風景を目にしたのは、そしてその記憶があるのは、少なくとも“昨日”だけだったけれど。

「でも、消しゴムくらいなら偶然かも……」

「じゃあ、あれ見て。あの人が立ち上がったとき、ぶつかって水がこぼれるから」

 スマホを囲んでいた男の子の輪のひとりが立ち上がると、その拍子に後ろを通った別の男の子にぶつかった。

 わたしの言葉と寸分(たが)わず、衝撃でペットボトルの水がこぼれる。

 蒼くんは目の前の光景に圧倒されたみたいだった。

「本当なの……? 予言じゃん、これ」

 男の子の謝る声を聞きながら、ゆるりとこちらを向く。
 次の瞬間、取られた右手が包むように握られた。

「俺……信じるよ、菜乃ちゃんの話。もっと詳しく教えて」
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