狂愛メランコリー

第7話 片割れの心


 ゆっくり起き上がったとき、ずき、と心臓に痛みが走る。

「……っ」

 はさみが刺さったままなんじゃないか、と一瞬思ったけれど、当然そこには何もない。

 ベッドから下りると、ふと鏡が目に入った。
 小さく震える手で頬に触れる。

 自分でも分かるくらいに顔色が悪く、唇も真っ白だった。
 どんどん辛くなっていく。

『幸せ者だな』

 向坂くんの冷ややかな声が耳の奥でこだまする。
 そのたび、心にひびが入った。

 何とか支度を整えると、重たい身体を引きずるみたいにして家を出た。

 ひとりでは味気なくなった学校までの道が、今日は一段と色褪せて見える。

 校門を潜り、昇降口へ入った。

 教室に着いたら、まず蒼くんに“昨日”のことを伝えよう。
 そんなことを考えながらすのこに上がったとき、ふいに目眩がした。

(あ、れ……)

 目の前が霞んで、周囲の音がくぐもる。

 そのまま意識が遠のいていった。
 ふっ、と力が抜ける────。



 目が覚めたとき、斑点のような模様の広がる白い天井が視界に飛び込んできた。

 消毒液みたいなにおいが、つんと鼻先を掠める。

(ここ、どこ……?)

「気づいたか?」

 突然降ってきた声に驚いて見やると、向坂くんがいた。

 ベッドの傍らの椅子に腰かけて、悠々と腕を組んでいる。

「こ、向坂くん……!?」

 まずい、どうしよう。
 このまま殺されたら────。

 とっさにそんな恐怖心が湧き、わたしは布団を握り締めながら起き上がろうとした。

 けれど、冷静な彼に阻まれる。

「おい、いきなり動くな」

 上から肩を押さえられ、身動きが取れなくなる。

「おまえさ、昇降口で倒れたんだよ。で、ここ保健室な。センセーは会議だとかでいねぇけど」

 そう言われてあたりを軽く見回した。
 カーテンが引かれていたものの、隙間から室内の様子を窺える。

「もしかして、向坂くんが運んでくれたの?」

 思わずそう尋ねると、どこか歯切れの悪い答えが返ってくる。

「……まあ、な」
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