狂愛メランコリー

第4話 追奏ロンド


 びっくりした。
 口から勝手に言葉がこぼれた。

「おまえ、覚えて……?」

「え、えっと……」

 わたし以上に彼も驚いている様子だ。

 知らないはずの彼の名前を、どうして口にできたのだろう。

「ちょっと来い」



 中庭まで来ると、彼はようやく足を止める。

「なあ、俺のこと覚えてんのか?」

「えっ、と……分かんない。わたし、あなたと知り合い……だっけ?」

「じゃあ何で俺の名前知ってたんだよ」

「それはわたしにも分からないの。何でなんだろう? 知らないはずなのに、気になってた……ような」

 曖昧なわたしの答えを聞き、彼は眉を寄せる。

「腕時計は奪われたみてぇだけど、覚えてることもあんだな。何でだ? ループを繰り返しすぎたのか?」

 ひとりごとかとも思ったけれど、その意味不明な内容を無視することはできなかった。

「ループって……?」

 そう尋ねると、顔を上げた向坂くんは真剣な表情でわたしを見据えた。

「信じらんねぇと思うけど、いまから言うことはマジな話だ。よく聞け」

 ただならぬ気配に圧倒され、つい緊張して身構えてしまう。

「おまえは三澄に殺される」

「え……?」

「実際もう何度も殺されてんだよ。そのたび今日に巻き戻って、死ぬまでの3日間を繰り返してる」

 わけが分からなかった。

 わたしが理人に殺される……?
 そんな突飛な話、信じられるはずがない。

「うそ……」

「嘘じゃねぇ。おまえが忘れてるだけだ」

「じゃあどうして向坂くんは覚えてるの? そのこと知ってるの……!?」

 そう尋ねると、おもむろに彼はポケットに手を入れた。
 取り出した何かをわたしに差し出す。

 恐る恐るてのひらを向けると、わずかに重みのある何かが載せられた。

「腕時計……?」

 淡い紫色のベルトが特徴的で、華奢(きゃしゃ)なデザインから女性用だと分かる。
 おおよそ向坂くんには似つかわしくないような────。

 そんなことを思った瞬間、ふいに頭の奥が(うず)いた。

「……っ!」
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