その笑顔を守るために
治療
「あれぇ~瑠唯ちゃん…こんな時間にどうしたの〜?」

そう言って顔を覗かせたのは…またしても…滝川だった。

「なんか暗くない〜?」

思わず力が抜ける…いったいいつから瑠唯ちゃん呼びされる程、親しくなったのだろう…

「そんな事、ないです!今日、ER担当で…ちょっとバタついたから…少し疲れただけです。」

「そうなのぉ〜?山川にでも虐められたかのと思った〜」

その指摘にギクリとして、そして呆れる。
…な、なんでそうゆう事わかるかなぁ~?

「そんな事ないですよ!ちょっと確認不足で、注意は受けましたけど…」

「ええー?瑠唯ちゃんが確認ミスー?またまたぁ~おおかた研修医あたりのミスを庇ったんじゃないのぉ~?ほんっとに、人がいいよねぇ〜」

そう言って滝川は、横目で視線を送る。

何処で見てたんだ!そう突っ込みたくなるのを、グッと押さえて、溜息をついた。

「私ちょっと走って来るんで…」

そう言って部屋に戻ろうとする瑠唯を

「はぁ〜またジョギング〜?元気だねぇ〜瑠唯ちゃんは〜」

力の抜ける声が追いかけた。


翌日、病棟にいた瑠唯がナースセンターで書類仕事をしていると、内線が入る。

「原田先生!大野先生からERで緊急搬送が続いて、可能なら応援に来て欲しいとの事なんですが…」

受話器を押さえながら看護師が伝える。

「長谷川先生は?」

昨日の今日で大野と顔を合わせるのがちょっと気まずくて、そう尋ねると

「今日はお休みです!」

そう答えが返ってきた。
仕方ないか…彼女は椅子から腰を上げて

「直ぐ行きます!」

そう言ってナースセンターを出る。後ろで

「直ぐ伺うそうです!」

と、看護師が電話の向こうに伝えている。


「遅くなりました!」そう言って瑠唯がERに駆け込むと、数人の搬送患者がいた。

三人の研修医の他医師は大野一人で、慌ただしく指示を飛ばして処置をしている。
流石にこの状況は厳しいだろう。

「おお…悪いな。ちょっと手を貸せ!」

何時の口調だ。
昨日の事は、どう思っているのだろうか?あれから山川とどんな話しをしたのだろうか?…そんな疑問が頭を過ぎった時…患者の中に見知った顔を見つける。全身血だらけで、意識もないようだ。

瑠唯は慌てて駆け寄る。

「えっ!美香ちゃん!」

傍から大野が

「何だ!知り合いか!じゃあ、任せるぞ!」

「はい!」

「美香ちゃん!わかる?原田です!何処か痛い?美香ちゃん!」
美香が僅かに顔を歪めた。

「三ツ矢くん!ラインとって!」

「田中さん!CTオーダーして!オペ室連絡して!」

次々と指示を飛ばしていく。

交通事故による内臓損傷…出血多量…一刻を争う。
直ちにオペが開始された。応援に来た篠田が前立ち、第二助手には三ツ矢を大野が指名した。
損傷の範囲は広範囲に渡り、出血量も多い。下肢に複雑骨折もあった。瑠唯は素早く、しかし慎重に損傷箇所を縫合していく。
次第に状態も安定していく。

一時間十分…重傷のオペにしては異例の速さでの終了…
美香も一命を取り留めた。

瑠唯がオペ室を出ると、そこには顔面蒼白で両手を握り合わせた美香の父親が佇んでいた。数名の警察官もいる。瑠唯の姿を見るやいなや、美香の父親は走り寄り

「先生!あっ!原田先生!美香は…美香は…」

と縋り付く。
瑠唯はその手を取り

「村上さん…お父さん…大丈夫ですよ!美香ちゃん頑張りました。もう大丈夫です。目が醒めるまで、側にいてあげて下さい。」

そう励ます。

「ありがとうございました!ありがとう…ございました。」

父親の目には涙が溢れていた。

そこに警察官が歩み寄り

「先生…お疲れの所…すみません。少しお話し宜しいでしょうか?」

警察官の話しによれば、美香は、道に飛び出した子供を庇って車に跳ねられたそうだ。庇われた子供は無傷…運転手はその場で逮捕された。父親は言葉がでない。助けられた子供は美香と面識はないそうだ。

…何故、見知らぬ子供を命を賭して助けたのだろうか?やはりまだ死んでしまいたいと思っているのだろうか?…

瑠唯は…その時の想いを、美香に聞いてみたいと思った。




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