姉の代わりにお見合いしろ? 私に拒否権はありません。でも、あこがれの人には絶対に内緒です
奈緒の真実



ごく幼い頃に両親が離婚したためか、奈緒は母の顔を覚えていない。
なぜか松尾の家には、奈緒が両親や妹と一緒に映った写真は一枚もなかった。

あれは、小学生の頃。ただただ母という存在が恋しくて、会いたくてたまらなくなった。
奈緒は、こっそりと運転手の田頭に頼みこんだ。

「お願いだから、お母さんの住んでいる街へ連れて行ってください」

田頭は困っただろうに「遠くから見るだけ」という約束で引き受けてくれた。
祖父母も父も留守の日を見計らって、松尾家の車ではなく田頭の自家用車でこっそりと出かけた。

心細さのせいか、母の住んでいる街はものすごく遠く感じた。

「ここですよ。お嬢様」

声をかけられて外を見たら、広い駐車場だった。
田頭から「ドライブイン 播磨屋」だと教えてもらったけど、どんな店なのかよくわからい。
でもここに母がいる、もうすぐ母に会えると思うと胸が高鳴った。

そして車の中からじっと店を見つめた。
しばらくしたら「あの方ですよ」と、田頭が小さな声で教えてくれた。
その人は、女の子の手を引いて歩いていた。
女の子はお行儀悪く、アイスクリームを歩きながら食べている。あれが妹の叶奈だろうか。

奈緒は食べ歩きなんてしたことがなかった。そんなことをしたら、琴子に厳しく怒られる。
でも母は口の周りを汚した妹の顔を見て、楽しそうに笑うのだ。

「どうして」

自然にそんな言葉が出てしまった。
田頭がなにも言わずにハンカチを差し出してくれたので、自分がボロボロと涙をこぼしていることに気がついた。



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