不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした

21.わたしは、騎士の妻だから

 毎日はただ穏やかに過ぎていった。ずっとこんな幸せな日々が続いていくのだと、そう思っていた。

 でもそれは甘い考えでしかなかったのだと、じきに思い知らされることになった。



 ある日、王宮から書状が届いた。あて先が赤い文字で書かれたそれは、なんだかとても不吉なもののように思えた。

 それを見たヴィンセント様は、今までで一番険しい顔をした。そのまなざしはわたしに向けられてはいないのに、背筋がぞくりとするくらいに。

 こわばる舌を必死に動かして、おそるおそる尋ねた。

「……あの、ヴィンセント様……それは?」

「……出陣命令だ」

 わたしの問いに、ヴィンセント様は低い声で答える。目の前が暗くなるのを感じながら胸をぎゅっと押さえていると、ヴィンセント様の静かな声がした。

「西の隣国が、国境沿いの川を越えてきた。それを迎え撃てとの命令だ」

「隣の国が……また、資源を狙って……ですか?」

「ああ。陛下も和平交渉を持ちかけておられるのだが、難航している」

「……戦いに、なるんですよね」

「心配するな。大軍はあの川を越えることはできない。戦いといっても、小競り合い程度だ」

「……だったら、ヴィンセント様が行かなくても大丈夫ですよね」

「俺は今でも、陛下にお仕えする騎士だ。そもそも俺には戦うことしかできないからな。俺の力は、この国を守るためにある」

 首を目いっぱい横に振って、彼の言葉を否定する。戦うことしかできないなんて、そんなことありません。そう言いたかったけれど、言葉が喉でつっかえてしまう。

 泣きたいのをこらえながらふるふると首を振り続けていると、肩に手が置かれた。大きくてがっしりした、温かい手。

「頼む、泣かないでくれ。どうしていいか分からない」

 そう言って、ヴィンセント様は悲しげに微笑んだ。いつの間にかわたしは本当に泣いてしまっていたらしい。涙がぼろぼろとこぼれていた。

「……やっぱり、君を遠ざけておけばよかったのだろうか……いっそ、今からでも……」

 ヴィンセント様のそんなつぶやきに、はっとする。顔を上げて、彼をまっすぐに見据えた。

「駄目です。わたしはずっとあなたの妻です。もしあなたがわたしを離縁したら、わたしは実家で一人泣きますから。あなたはどうしているのだろうって、そんなことを思いながら」

「……そう、か」

「わたし、ここで待ってます。みんなと一緒に。だからヴィンセント様は、必ず無事に戻ってきてください」

 力いっぱい主張する。ヴィンセント様は目を見張って、それからゆっくりと息を吐いた。その顔に、困ったような、けれどとても優しい笑みが浮かんでくる。

「ああ。必ず戻ってくる。……君が待っていてくれると思うと、いつも以上に頑張れそうだ」

 どうやら、ヴィンセント様の迷いも晴れたらしい。そのことにほっとしながら、肩の上に置かれたヴィンセント様の手に自分の手を重ねる。

 わたしたちはそのままじっと、見つめ合っていた。互いの姿を、目に焼きつけるように。
< 55 / 115 >

この作品をシェア

pagetop