元彼パイロットの一途な忠愛
プロローグ
まだ夏の暑さが猛威を振るう、九月上旬のことだった。
「大翔さん、別れてください」
美咲が静かに頭を下げると、窓に打ちつける雨の音に紛れ、すぐ近くで息を呑む音が聞こえた。
指先が小さく震える。それを目の前にいる彼に見咎められないよう、両手の指を隠すようにぎゅっと拳を握った。
そんな美咲の様子を、大翔は苦しげに顔を歪めながら見つめている。
「……理由は?」
地を這うような低く掠れた声が、彼の苛立ちを表しているような気がした。
美咲は頭を下げたまま、きつく目を閉じる。
(だって、あの人が言っていたことが本当だとわかっちゃったから……)
けれど、その事実を説明するほど惨めなことはない。
「やっぱり私、パイロットになる大翔さんとはお付き合いを続けていけません」
そう口にした理由も嘘ではなかった。
「どういう意味?」
パイロットになれば世界中を飛び回る。当然海外にステイする日もあり、その間に彼が誰となにをしているのか、美咲が知る由もない。
それは、これから彼が向かう海外訓練も同様だ。