離婚を前提にお付き合いしてください ~私を溺愛するハイスぺ夫は偽りの愛妻家でした~

2. 隠せない苛立ち side千博

 ぴりつく会議室内の空気。いつも軽いノリをしている手嶋ですら、その眉をひそめている。

 今日の会議はただの進捗報告で、本来であればこんな空気になるはずもないのに、とんでもない爆弾を抱えた社員がいたせいでこのありさまだ。

 プロジェクトを管理する立場にある千博は深いため息をつきそうになるのをグッと堪える。それをすれば、この場の空気がより悪くなるとわかっているからだ。円滑に話を進めるためには、怒りや呆れなどの負の感情を表に出してはならない。

 千博は問題を起こした社員に、極力いつも通りを意識しながら尋ねる。

「なぜ先方に確認を取らなかったのかな」
「……申し訳ありません」

 今度こそため息が漏れそうになる。ここでの謝罪に意味など一ミリもない。大体『なぜ』と訊かれているのに理由を答えないのは間違っている。

 彼は取引先への重大な連絡ミスを犯しているのだ。謝れば済む話ではない。再発防止のためにも原因究明が必須だ。

「僕はなぜかと訊いているんだよ」
「……忙しさのあまり忘れていました」

 あまりにくだらない理由に頭を抱えそうになる。多忙ゆえにパフォーマンスが落ちることは確かにあるが、それを起こさない工夫をすればいいだけのこと。きっと彼の働き方に至らない点があるのだ。そして、それを自覚していないところが一番の問題といえる。

「忙しさは理由にはならないよ。忘れない工夫はいくらでもできる。忙しいときこそ、もっと慎重になってください」
「はい……以後、気をつけます」
「手嶋、フォローをお願いできるかな」
「はいよ」

 千博がこの話題はもう終わらせるつもりだと察したのだろう。手嶋は先ほどの表情とは打って変わって、いつもの調子で軽く返事をしてきた。

 この男は適当なように見えても手厚い対応をする人間だから、彼に任せておけば大丈夫だろう。根本の問題から対応してくれるはずだ。

 千博はその場を仕切り直し、本来の進捗報告へと戻した。
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