クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる
第5話 同棲生活
近江と紗理奈の同棲生活が始まって二週間近くが経った。
つまるところ、在宅ワークが始まって早一か月近い月日が経ったということになる。
「ああああ、新聞記者なんて身体張って外に出てなんぼだってのに! 身体がなまって仕方がない! 筋トレじゃなくて、もっと身体を動かしたい! 家だけで仕事とか向いてない!」
もちろん良い記事を書くために読書をしたり執筆したりするのは大好きだ。だけど、閉鎖的な空間でずっと過ごすのには向いていないと言えよう。
「警察の人たちも身体を鍛えているから、ランニングにでも誘ってみようかしら?」
とは思うが、いくら私服とは言え警察官たちと毎日仲良くしていたら、脅迫状を送ってきた犯人から怪しまれてしまうに違いない。
とはいえ、ランニングや水泳などをしている姿を、他人に凝視されるのは好ましくない。
「そうこうしていたら、もうすっかり夜ね」
家に引きこもりがちだからか、だんだんと時間の推移に乏しくなってきている。
紗理奈はとりあえず気分転換のために、部屋の窓を開けた。高層ビルだから転落予防のために全開にすることはできない。地上近くに比べたら、だいぶ空気が薄い気もするが、排気ガスが届かないので、新鮮だといえよう。
深呼吸をして心を落ち着ける。
夜の澄んだ空気を肺いっぱいに取り込むと、ささくれ立った心が次第に落ち着いてくる。
「せっかくだから、自宅でヨガでもしようかしら?」
引っ越しの際にヨガ用のマットも一緒に持ってきていたはずだ。マットでも探そうかと、段ボールを置いてあるクローゼットへと足を運んだところ……
ガチャリ。
「今帰った」
近江が帰宅したのだった。
(近江さん、今日は早い!)
ここ数日、近江は残業がほとんどで家に不在なことが多かった。だから、今日もそうだと思い込んでいたようだ。
紗理奈は近江を出迎えるために玄関へと向かう。
「近江さん、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
近江は、いわゆるポーカーフェイスなので、表情が分かりづらいが、なんだか今日は少しだけ疲れているように見えた。
「先にお風呂に行かれますか?」
「ああ、そうするつもりだ」
近江がスーツのジャケットのボタンを外した後、長い指で赤いネクタイをシュルリと解いた。骨ばった鎖骨が視界に入って、紗理奈の心臓がドキンと跳ねる。
「私はもうお風呂には入っているので、近江さんの分も一緒に料理を作りますね」
「助かる」
そんなやりとりをしていると……
「新婚夫婦にでもなったみたいで、なんだか気恥ずかしいですね」
紗理奈が思ったことを喜々として語るが、近江からの返事はない。
(ただの期間限定の恋人同士なのに、さすがに調子に乗り過ぎたのかも)