クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる

第7話 やり直し


 近江がひったくり犯人を捕まえた翌週。
 再び非番を迎えた近江と紗理奈は、一緒に外に出かけていた。
 今日の紗理奈の出で立ちと言えば、カジュアルな出で立ちだ。白いダウンジャケットに中には黒のタートルニットを着ており、ジーンズにスニーカーという格好である。

(近江さんが『堂本紗理奈、きっと君も気に入る場所だ』って話していたけれど……)

 連れて来られたのは、まさかの場所だった。

「大丈夫か? もう少しで着くぞ」

 前を歩く近江が、紗理奈のことを心配した様子で覗いてきていた。
 向かった先は、そう、まさかまさかの……

(ちゃんとした初デートが山だなんて、想像もつかなかったわね……)

 紗理奈はハアっと盛大な溜息を吐いた。
 そう、初デート先は登山だったのだ。

(登山だと分かっていれば、もっと重装備にしたのに)

 先日のスーパーへのお出かけといい、御曹司と出かけるキラキラゴージャスな場所とは縁遠いチョイスが続いている。
 とはいえ、近江はといえば、生き生きしている。

(まあ、近江さんらしいと言われれば、近江さんらしいわね。それに、無表情で分かりづらいけれど、近江さんも身体を動かすのが好きなんだわ)

 警察は体力が必要な仕事だから、身体を鍛えるのも好きな方なのだろう。

「よし、着くぞ」

 そうして、辿り着いたのは……

「うわあ! すごく綺麗!」

 辺り一面、真っ白な雲で覆われている。
 かなり歩いたので、雲の上まで来ていたようだ。
 絶景を見ていると、日ごろの閉鎖空間で過ごすうつうつとした気持ちが一気に晴れていくようだ。

「君も絶対に気に入ると思ったんだ」

 紗理奈の隣に立つ近江が、普段は見せないような笑顔を見せてくる。といっても、少々口元が綻んでいるぐらいだが。
 紗理奈も苦労して頂上まで辿りついた分、嬉しさもひとしおだ。

「ありがとうございます! 近江さんといると新しい発見があって楽しいです!」

「そうか、それは何よりだ」

 頂上の風に当たりながら、二人で静かに過ごしていた。
 しばらくすると、近江が少しだけ見たい場所があると話して、少しだけ離れた場所に移動した。
 紗理奈はしばらく絶景を眺めた後、周辺へと視線を彷徨わせる。
 ほどよい高さの山だからか、登山客はかなり多いようだ。家族連れの子どもがちょろちょろと動き回っている。
 紗理奈も気になる場所を発見したため、崖の近くまで足を延ばして、眼下を見下ろす。
 下から吹いてくる風が、ひやりとして気持ちが良い。

「日常の嫌なことなど忘れてしまいそうだろう?」

 どうやら近江も傍に来たようだ。
 紗理奈は声を掛けられ、心臓がドクンと跳ねあがる。

「ずっと部屋の中に閉じこもってばかりだから、君の性分には合わないんじゃないかと思ってな。途中までは、山の麓の動物園か水族館にでも向かおうかと思っていたんだが」

 どうやら部屋に閉じこもってばかりで、身体を動かしたいと悶々としていた紗理奈の気持ちを、近江は汲んでくれていたようだ。

(言われてみれば、近江さんも登山用の重装備じゃなかったものね)

 紗理奈は相手からの気遣いが嬉しくて、心に火が灯るような心地がする。

「近江さん、気遣ってくださって、ありがとうございます」

「いいや、君が元気な方が俺も嬉しいからな」

 近江の横顔を見る。

(近江さん、優しい……理想の男性って感じがする)

 相手の気遣いが嬉しくて堪らない。
 こんな男性と結婚して一緒に過ごすようになったら、きっと毎日が幸せに違いない。
 けれども、そこでハッとする。

(私ったら何を考えているの? 相手は警察で、しかも期間限定の恋人なのに……)
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