クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる
第8話 亀裂
山登りの一件から、紗理奈と近江の距離はこれまでよりもぐっと近づいて、より恋人らしくなりつつあった。
登山から数日が経った週末。
紗理奈は近江と電話をしていた。
『堂本紗理奈、今日は早く帰れそうだ』
「早く帰れるなんて、珍しいですね」
『ああ、同僚たちが、上司が率先して早く家に帰ってくれと言いはじめてな。それで、せっかくだから、今晩はいつも料理を作ってくれる御礼に、一緒に外食でもと思ったんだが』
「外食ですか?」
思いがけない提案に、紗理奈は目を真ん丸に見開いた。
『ああ、以前同僚だった先輩がレストランを経営しはじめたそうで、君も一緒にどうかと言われたんだ』
「そんな事情でしたら、ぜひご一緒させてください」
『喜んでくれているようで良かった』
近江の声に喜色が滲んでいるのが伝わってきて、紗理奈の心まで弾んでくる。
『それでは、また後で』
紗理奈は喜々として、スマホ画面をタップして通知を切った。
「近江さんが早く帰ってきてくれるの、すごく嬉しい。しかも恋人らしいデートだ」
紗理奈は浮足立ちながら、レストランに向かう衣装を選び始めた。
「どんなレストランか聞いておけばよかったな」
ドレスコードを聞いておけば良かったと後悔しつつ、カジュアル過ぎず祝い事ほど派手にはなりすぎない程度の衣裳を選ぶことにしたのだった。