クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる
近江side
帰宅後、近江はシャワーを浴びて部屋へと戻ると、ベッドにゴロリと寝転がった。
真っ暗な室内の中、ぼんやりと同居女性のことを考える。
(堂本紗理奈、あれから一切口を利かなくなってしまったな……)
車中、近江としては伝えたいことがあった。
けれども、堂本紗理奈の機嫌が悪くなってしまい、話を切り出せなくなってしまった。
近江はどうにも人の感情の機微に乏しいところがある。知らぬ内に相手を怒らせるような発言をしてしまったのかもしれない。
「また俺は何か失敗したんだろうか……」
近江は溜息を吐いた。
自分としては何げなく発言したつもりの言葉だったはずが、取り返しのつかない言葉になってしまうことがある。
とはいえ、仕事であるならば、仕事で取り返しさえすればよい。だからこそ、異例の出世を遂げることができたのだ。親の七光りと言われることは多いが、それだけで三十手前で警視正の職位に就けるはずはないのだから。
だが、今回は堂本紗理奈とのやり取りだ。
彼女にもしかしたら嫌悪感を抱かれたのかもしれないと思うと、胸の内を焦燥が走った。
女性に対して、こんな感情を持ったのは初めてで、近江としてもうまく胸の内を言語化できない。ただ、自分の心を見つめ直すに、堂本紗理奈に嫌われたくないというのは確かなようだ。
それに、親友だった堂本陽太の代わりに、堂本紗理奈を幸せにする責任があるという想いは確かだ。
(もしや牛口と駿河の話をしていなかったから、嫌に思ったんだろうか?)
二人とも、堂本陽太の元同僚警察で、死亡現場に居合わせた人物たちでもある。
兄を殺した犯人の行方を追っている堂本紗理奈からすれば、犯人の手がかりになる人物たちとの情報を隠していたと怒っているのかもしれない。
(まさか、駿河千絵と婚約関係だったことを黙っていたことが気に喰わなかったのだろうか?)
所詮は親が決めた婚約関係でしかなかったし、近江個人としては食事に一緒に行けと言われて何度か食事をしただけだ。
だから、敢えて伝える必要はないと思っていたが、不誠実だと思われたのだろうか?
(どちらにせよ明日謝らなければならないな)
そうして、近江は瞼を閉じた。
『近江さん、美味しいですね』
堂本紗理奈が美味しそうにデザートを頬張っている姿が脳裏に浮かんできた。
駿河千絵と食事をした際には同僚以上の何かを感じることはなかったが、堂本紗理奈と一緒に食事をしている時は、堂本陽太と過ごしていた時以上に満ち足りた気持ちがしていた。
(あまり他人に興味がなかったんだが……)
紗理奈と近江が一緒に暮らすようになって、ひと月近い期間が経った。
最初は相手を守りやすいからと同居生活を希望したわけだが……
帰ってきて料理が用意してあったり、誰かの温もりを感じたのは――生まれて初めてだったように思う。
それに、なかなか犯人が尻尾を現わしてくれないと思っていたが、やっと手がかりのようなものを掴み始めた。
だから、もうすぐこの契約期間も終わりを告げる。
けれども……
「もしよければ、堂本紗理奈がこれから先も俺と一緒に……」
紗理奈の誤解など知らず、枕元に置いた彼女への贈り物がちゃんとあるか確認してから、近江は眠りに就いたのだった。