クールなエリート警視正は、天涯孤独な期間限定恋人へと初恋を捧げる
第10話 犯人
マンションの中に呼び込むよりも、外に出た方が警察たちの目もあって比較的安全だろう。
そう判断して、紗理奈は牛口と対峙することを決めた。
牛口は現在・会社経営者という話だった。だとしたら、わざわざ人目のつく場所で紗理奈におかしな真似はしてこないだろう。近江の婚約者だったという駿河千絵も同伴するという話だったが、牛口のそばに彼女の姿はなかった。
相手に促されるまま、黒塗りの高級車の中に乗り、バーへと向かうことになった。
バックミラーで確認すると、紗理奈のことを監視している警察たちの車も一緒に追いか駆けてきているのが分かった。
(良かった、ちゃんと追ってきている)
すると……
「ああ、君の周囲に警察がうろついているのは僕も把握しているよ」
運転席の牛口が何気なく口を開いてきた。
そもそも元警察官だったはずだから、かつての同僚だっているだろうし、それぐらいは分かってしまうのだろう。
「近江が捕まったというのは残念だったね」
「……どうして近江さんの件を、牛口さんがご存じなんですか?」
すると、牛口が軽妙に語りはじめる。
「そんなの、同僚たちから話を聞いたからさ」
「それは警察の倫理や規律に反する行為だから、しないのではないでしょうか? 少なくとも、近江さんは一般市民である私に色々な情報をリークしたりはしませんでした」
すると、牛口が愉快気に笑いはじめた。
「ははっ、そんなの理想や建前でしかない。警察の末端の奴らはそこまで殊勝なことなんて、考えてもいないさ。それに……」
牛口がにやりと口の端を吊り上げた。
「君が近江からの信用を得ていないだけだとか思わなかったのかい?」
「……っ」
兄に似た容姿のせいもあり、牛口に対する不快感が強かった。
(後藤局長だって知っていたら、牛口さんが知っていてもおかしくはない話だって、分かってはいたけれど……)
鎌をかけて相手の尻尾を掴んだりするのは難しいようだ。
車は郊外へと進んでいく。
建物は多いままだが、ビルや商業施設ではなく、民家の比率が増えていく。
しばらくすると、最近はだいぶ減ってきていたが、壁にペイントで落書きがほどこされている建物や派手な身なりの人物たちが多く立つ場所へと車が進んでいった。
都内に比べると建物の数は少ないが、それなりに人の目はありそうな場所だ。どうやら雰囲気を見るに、古くからある商店街から少しだけ離れた場所にある路地裏のようだ。
車が停車したのは、古びたビルの前だった。
「ああ、すまない。ついたよ」
看板を見るにバーのようだ。なんとなくヤクザたちに連れ込まれかけた看板のレイアウトに似ている気がする。
牛口に促されるまま、紗理奈は扉を開く。カランカランと鐘の音が鳴った。
店内は薄暗い場所で、平日だからかもしれないが閑散としていた。
天井の上には、剥き出しの配管が張り巡らされている。
「それで、牛口さん、話というのは何でしょうか? ここまで着いてきたんです。ちゃんと話を聞かせてください」
紗理奈が問いかけると、牛口が喜々として語りはじめる。
「ああ、そういう話だったね。だけど、せっかくこんな場所まで来たんだ。まずはお互いに一杯酒を飲まないか?」