キミと桜を両手に持つ
episode01

 「──…凛桜(りお)さ〜ん!こっちこっち!」

 青空が広がる三月上旬の土曜日。
 頭上に覆い被さるように枝を伸ばしている桜の木には、今にも開花しそうなピンク色に染まりつつある蕾が沢山付いている。
 
 都内にあるマンションの前で手を振っている神崎(かんざき)詩乃(しの)を見つけた私は、大きなスーツケースを引きずりながら彼女の方に歩いた。

 「詩乃さん、ごめんね。ちょっと遅くなっちゃって」

 「大丈夫。道に迷わなかった?」

 「全然。それにしてもここ、本当に会社から近くていいね」

 「そうなの。近くにはコンビニやスーパーもあってすごく便利なの。それじゃ、今から案内するね。あ、私こっち持つよ」

 詩乃さんは私が持ってきたスーツケースの1つに手を伸ばすと、それを引きずってエントランスの前まで歩いた。入り口には花壇や植木などの緑が沢山あってとても落ち着いた雰囲気がある。

 マンションの扉の前で彼女はカードリーダーにカードをピッとかざすとドアを開けた。
 
 「ありがとう。お休みのところごめんね」
 「大丈夫、大丈夫」

 彼女の後に続いてスーツケースをガラガラと引きながらマンションの中入ると、まるでホテルのロビーのようにお洒落で広い。ラウンジエリアには大きなガラス窓が一面にあって外に植えられた木や竹などが見えて心安らぐ空間になっている。

 「わぁ、すごく素敵なところ」

 マンションの前に着いた時にも思ったけど、まだ築浅なのか建物自体も新しくとても清潔感がある。

 「よかった。気に入ってもらえて」

 詩乃さんはロビーを通り抜け宅配や郵便ボックスのある場所を横切ると、いくつかエレベーターが並んだエレベーターホールに来た。そして一番奥のエレベーターの前に立つとボタンを押した。
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