野獣皇帝と愛しき追憶の乙女 ~虐げられた紛いもの王女の政略結婚から始まる溺愛生活~
十二年前に出会った少女
見上げた視線の先に、黒髪金目の男を認めた瞬間。
なんで皇帝ジンガルドがいるのよ! って、どうしてそんなに凝視してくるの!?
強引に呼び止めてきていったいどういうつもり……というか、バッチリ顔を見られちゃったじゃないのっ!
驚き、恐怖、不信、混乱、これらの感情が一気に膨らんで限界点を突破した。
「ぅぎゃーっ!!」
乙女にあるまじき悲鳴が口を衝いて出る。
私の悲鳴に怯んだのか、肩に置かれた手が緩む。その一瞬の隙に、私はヒラリと身を翻してダッシュする。小柄な体格を最大限に活かし、賑わう市場の人混みに紛れる。
ジンガルドがなにか叫んでいたような気もするが振り返らず、人波を縫って縦横無尽に市場内を駆けた。息があがり、膝がガクガクと震え出してから、やっと足を止めた。
キョロキョロと周囲を見渡すが、ジンガルドの姿はなかった。
よかった、撒けたみたい。