本当の愛を知るまでは
君が本当の愛を知るまで Side. 光星
(信じられない。信じたくもない)

バーを出ると、光星はグッと唇を噛みしめながら足早に社長室に戻った。
脳裏には先ほど見た、楽しそうな花純の笑顔と、アイドルのように爽やかな滝沢の様子が焼きついている。

(一体、何の話を? いつの間に二人でバーに行く仲に?)

それに花純の「内緒です。ね? 滝沢くん」という親しげな言葉も頭から離れなかった。

(俺の知らないうちに、何があった? 俺はまだ、彼女との距離を縮められずにいるのに)

花純のことが気になり始めていた。
いつも控えめな落ち着いた雰囲気で、会うたびに優しく笑いかけてくれる。
その一方で、エレベーターのボタンを一生懸命数えたり、臼井の焼き菓子を美味しそうに頬張る姿は可愛らしかった。

そしてあの夜。
二人で一緒に夜桜を眺めた時は、心が通じ合うような穏やかで幸せな瞬間だった。
桜を愛で、美しい言葉を紡ぐ花純に心惹かれた。

差し入れのお礼にと桜の写真を用意してくれ、渡してもいいものかと気を遣いながら、綺麗なカードに感謝の言葉も綴ってくれた。
写真はフォトフレームに入れてデスクに飾り、ふと目にする度に穏やかな気持ちになっていた。

これはもう、行くしかない。
来る者拒まず去る者追わずのスタンスで恋愛をしてきたが、彼女には自分からアプローチしよう。
そう決めていた。
だがいかんせん、女性に自分から気持ちを打ち明けたことがない。
恋人も、ここ3年ほどいなかった。

どうやって告白しようかと考えつつ機会をうかがっていたが、よもやあの二人がバーで楽しそうにしているのを見かけるハメになるとは、思いもよらなかった。

(どういうことだ? まさかあの二人、つき合ってるのか?)

そう考えた途端、嫉妬に駆られた。

見知らぬ男性と一緒にいる、と思っていた時はまだ冷静だった。
負けていられない、受けて立ってやる、くらいの気持ちで「ひょっとして、デートかな?」と聞く余裕もあった。
だが相手が滝沢だと分かったら、心は一気に乱れた。

(ひと回りも年下の子に、 俺は本気で焦っているのか?)

いや、滝沢だからこそ焦っているのだ。
自分とはまったく違うタイプ。
若くて真っ直ぐで、ちょっと不器用で、人の心にスッと入り込む憎めない性格。
自分にはない魅力を持っている。

これまで、花純の恋愛対象になるとは考えていなかった。
だが髪を黒く染めて短く切り揃え、ビシッとスーツを着こなした滝沢は、まるでそんな自分の考えをあざ笑い、花純をかっさらっていった気がした。

(もしかして滝沢くん、彼女に真剣におつき合いを申し込んだのか? だからあんなに身なりを整えていたのか)

そして、楽しそうな花純の笑顔と「内緒です。ね? 滝沢くん」の言葉の意味するところとは……?

(彼女も滝沢くんの告白を受け入れた、ということか?)

カッと身体が熱くなる。
落ち着け、と自分に言い聞かせた。

(まだそうと決まったわけではない。たとえそうだとしても、『はい、そうですか』と諦めるつもりもない)

完全にスイッチが入った。

彼女に告白する、と……
< 29 / 127 >

この作品をシェア

pagetop