さくらが散る頃

背徳の恋

 七月三十日、毎年行われる埼玉県にある小さな神社の夏祭り。いつもは閑散としたその場所もこの日だけは色とりどりに賑わう。
 カラコロと下駄を鳴らして歩幅の短い歩みをしたりヨーヨーを手に跳ね返させたり、子どもたちの笑い声や屋台から聞こえてくる活気がある声、大きく息を吸い込めば焦げたソースの匂いが立ち込めてくる。

 異世界に来たような幻想的な雰囲気が今年も夜を彩る。

『七月三十日にお祭りがあるんだけどどうしても行きたいの』

 そう言ったのは六月の上旬。


『来月の最後の土曜か……うまくすればあいつ実家に行かせられるかな』

 視線を宙に泳がした彼は曖昧にそう答えた。

『絶対に行きたいの』
『わかった、言っとく』

 彼、宅間智(たくまさとき)と付き合いだしたのは一ヶ月ほど前から。
 出会ったのは人気のカフェ店だった。
 期間限定スイーツのCMがしつこいほど流れていて耳に残るそこはその日たくさんの人で溢れ返っていた。

 彼がトレイを片手に席を探している時目が合った。
 私は向かい合うふたり席の向かいの席に手を向けて「どうぞ」と言った。
 
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