公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜



 ───心臓の音がドクドクとうるさい。変な汗も出てきた。だけどやると決めたのだから、もう後戻りはできない。

「……えぇっと、この方はどなた?」

 ベッドの脇に立っている侍女のマリアにそう尋ねると、目の前の男が少しだけ驚いた表情を見せた。

 私のお見舞いにきてくれたという男。
 銀色の髪、金色の瞳。端正な顔立ちに長身でスラリとした体型で、男の容姿はどこか人間離れした美しさを持っていた。

 その美しい容姿に見惚れていると、ふと彼の首にある紋章が目に入った。身体にあの紋章が刻まれているということは、彼は魔術師ということか。

 この国で魔法が使えるのはほんの一部の限られた人間だけだ。もちろん私は使えない。

 希少で価値の高い魔術師。彼らは魔術が使える証として、身体には紋章が刻まれている。形は皆同じだと聞くが、魔力の多さによって色の濃さが違うらしい。

 彼の身体に刻まれた紋章の色を見て、私は彼が高位の魔術師なのだと分かった。そんな雲の上のような存在の人が、一応爵位があるとはいえ、こんな田舎に住む我が家にどうしてやってきたのだろうか。
 
 私の症状を心配した両親が診ていただくようお願いでもしたのだろうか? でも、高位の魔術師にお願いができるほどの潤沢な資金は我が家にはないはず…

 なんて、ぐるぐると考えているフリをしているが、()()()彼がここへ来た理由が何かなんて、とっくに分かっている。
 
 だけど、口にも態度にもだすわけにはいかないので、間抜けな表情をつくって、マリアの返答を待っていれば、彼女が男の名前を口にした。

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