公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜
⑤
その日もルーカスは私に会いに屋敷へとやって来た。
記憶喪失のふりをする前、何かにつけて「魔術師としての仕事が忙しい」と約束をよく破っていた男とは思えないぐらいの豹変っぷりだ。まあ、私もルーカスと会うと気が重くなっていたので、それはそれでよかったのだけど。
いつも通りルーカスを出迎えれば、部屋へと案内しようとすれば、彼は突然こう言ったのだった。
「今日は花を見に行こう」
「は、花…?」
──ルーカスと花、似合わなさすぎる。
まさかの言葉に固まっていれば「以前はよく花畑でお茶をしたよね〜」なんて言われた。いやいや、初耳である。
「でもルークは忙しいから、今日もいつも通りお茶してお話する方が──」
「あ、大丈夫。今日は時間たっぷりあるから」
私が大丈夫じゃないのだけど。
そんな私の心情は無視して、さっさと手を引いて屋敷から連れ出される。記憶喪失のふりをしてから、彼は何かにつけてスキンシップをとりたがる。
以前の彼は気安く触れようものなら即座に払い除けてきたというのに。
馬車に乗り込んだルーカスがうきうきとした表情で話しかけてくる。
記憶喪失のふりをしてから、彼にも楽しいとか嬉しいとか、そういう感情が存在するのかと感心した。──あと表情筋が動くことにも。
(……人間だから当たり前なのだけど、今までは無か怒しかみたことなかったから)