公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜



 馬車までの道のり、私は先ほどのルーカスの言動が気になって、ふと歩みを止めた。

「どうしたの、エルーシア」

 隣を歩いていたルーカスが、不思議そうな表情を浮かべる。

「エルーシア?」

 ルーカスの問いに答えることもせず、私は自分の手の中にあるカサブランカの花束を見つめる。もしかして、ルーカスは私の嘘に気づいている? それとも私を試しているだけ? 


 どちらにしろ、ルーカスは私を疑っている。それならもう全てを正直に話して、終わりにするしかない。そう思い、私は口を開いた。



「……ルーク、あの」

「花束、嬉しくなかった? まあ、仕方ないか。記憶喪失のふりをしてまで離れたいぐらい嫌いな男からのプレゼントなんて、気持ちが悪いだけだよね」

「なっ──」


 次の瞬間、私の手の中にあったはずの花束が消えた。おそらくルーカスが魔術で消したのだろう、だけど今はそんなことより──。


「いつ、から嘘に気づいて…」

「最初からだよ。婚約解消のために記憶喪失のふりをするなんて、エルーシアって時々大胆なことするよね。まあ、演技は下手だし詰めも甘いけど」


 そう言って笑うルーカスの態度に、私の口からは情けない悲鳴が漏れた。全て気付いていて、今日までずっと彼はあんな事を続けていたというのか。


 緊張か、恐怖か。足が震えて立っていられず、その場に座り込みそうになる私を、ルーカスが支えてくれる。しかし今の私には、彼の冷たい体温がただただ恐ろしい。

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