公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜

 
 なんだかとても嫌な夢を見ていた気がする。
 夢の中の私は終わらない恐怖と快楽に気が狂いそうになっていた。泣きながら誰かにずっと「嘘つき、卑怯者」とひどい言葉を投げかけていた。
 そんな私を──。

「浮かない表情ですね」

 身支度の途中、鏡に映る私の表情を見てマリアが言った。自分では隠しているつもりだったが、どうやら上手くいってなかったみたいだ。

 マリアの問いに私は素直に今の心情を話した。


「……何だか怖くて、」

「怖い、ですか?」

「ええ。とても幸せなはずなのに、何だか不安で怖いの。もしかしたら、この幸せは全部夢なんじゃないかって…」

 今朝見た夢のせいだろうか。
 私の言葉にマリアは少し考える素振りをみせた後、思いついたように言った。

「きっとそれは幸せ怖い病ですね!」

 なんだその病気は。どうせマリアが勝手につくったものだろう、と呆れていれば、むくれた顔のマリアが鏡に映った。

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